第48話 アイルには持たせてはいけない剣
暗黒大陸の西に広がる暗黒魔境。その殆どは森林で覆われているが、疎らに草原が存在している。おそらく大きな岩が地下にあって大きな木が育ちにくいか、暗黒大陸に固有の地下を流れる龍脈が関係しているのかもしれない。
セブンスたちはそんな草原の東側の淵で作戦を立てていた。
彼らの当面の目標は暗黒大陸の最西端へ向かい、パンドラ大陸へ渡ることだ。
それには暗黒魔境を通過しなければならないのだが、この地は暗黒大陸でも最大級の魔獣密集地帯だ。魔獣に見つからずに通過することはほぼ不可能であり、セブンスたちが難儀している原因でもある。
「まったく……、最西端まで何日かかるんだよ」
ここまで彼らはすでに5日間を費やしている。
だが、幸いなことに、大賢者グランを残してくれた異次元屋敷〈グラン邸〉のお陰で、休息も食事も十分で、健康状態は頗る良好だ。
「お兄ちゃん! あっちに狼の群れがいるよ」
いち早くフェルが反応した。彼女の尻尾が左右にブンブンと振れている。
彼女は神獣フェンリルの能力を使って索敵をしてくれている。その能力は人間の少女形態でも使えるらしい。
「このまま草原を突っ切ると、アイツらに狙われるわね」
ハイエルフの少女セレステイーが草原の北側を睨む。
セレスティーもフェルに劣らず索敵範囲がとても広い。この草原は直径が五キロほどある円形だが、反対側まで索敵をカバーできる。これが森の民の実力なのか、ハイエルフの彼女ならではの能力なのか、セブンスには判断できない。
「アイツらというのは一角狼のことだよな?」
「そうよダーリン。アイツらは獲物が姿を現すのを待っているの」
一角狼とはワーウルフよりも一回り大きく、そして凶暴だ。彼らに群れで襲われたら低級のオーガは餌食にされるだろう。
「何匹くらいの群れかわかるか? できれば殲滅級の魔法は使いたくないからな」
殲滅級の魔法を使うと、他の魔獣を呼び寄せることになるからだ。
それはここまでの魔獣との戦いで経験済みだ。
「二〇頭くらいかしら?」
「う~ん、微妙な数だな……。面倒だけど誘い出して各個撃破するしかないか?」
「でも、アイツらが包囲してくる前に速攻で倒したいし、悩むところね」
そこに魔族の少女アイルが割って入ってきた。
「わ、わたしにやらせて貰えないだろうか?」
暗黒魔境に突入してからの5日間、彼女にはセブンスたちの戦いを見学させていた。三百年間冬眠していた後遺症があるかもしれないからだ。
もっとも、セブンスは冬眠していたというアイルの主張を信じてはいない。
――理由はわからないけれど、封印されていたんだろうな。なにか裏がありそうだ。
「任せてもいいけど、殲滅魔法は使っちゃだめだぞ」
「解っている。わたしは放出系の魔法よりも武技を使った格闘戦のほうが得意なのだ」
「へぇ〜、龍王の娘たちと一緒だな」
――しまった、変なフラグを立ててしまったか。
セブンスは龍王の娘シャルロットに追いつかれることを恐れている。それはセブンスが彼女たちを置き去りにしてここまで来てしまったからだ。追いつかれたら何をされるかわかったもんじゃない。
「龍王の娘? ダーリン、詳しく教えてちょうだい。詳しくね」
「そ、それは今夜にでも話すさ」
彼の背中を嫌な汗が流れる。
誤解はすぐに解けるだろうが、なんで自分が狼狽える必要があるのか納得できない。
「それよりも、アイルの武器が必要だよな? アイルはどんな武器を使うんだ?」
強引な話の転換にセレスティーがセブンスを睨む。
「か、片手剣を頼む。魔法を付与できる材質のものがいい」
何故かアイルの挙動に変化がある気がしたが、セブンスはあまり気に留めなかった。
「ミスリルかオリハルコンだよな……」
大賢者グランから譲渡された物品のインベントリーを調べていると、気になる銘の剣を発見した。
――〈真祖の剣〉か……。
材質はオリハルコンなので魔力の付与が可能だし、攻撃力二〇%アップと、相手の生命力を吸収するという魔法ならすでに付与されている。
セブンスが次元収納から〈真祖の剣〉を取り出し、漆黒の鞘から剣を抜く。
セレスティーとアイルが息を呑んだ。
その剣の刀身は鞘と同じく漆黒で、根本から切っ先まで血のように赤い二本の稲妻線が走っている。
「おお〜っ! こ、これは素晴らしい!」
アイルが感嘆の声を上げてセブンスににじり寄る。両手をセブンスへ向けてニギニギしている。
「ちょ、ちょっと待てアイル。落ち着け!」
「あっ、す、すまない。我を忘れそうになった……」
――戦闘狂か〜い!
「この剣はオリハルコンで作られていて、斬った相手の生命力を吸収する力がある。それに攻撃力が二〇%アップする効果がある」
「は、早くよこせ!」
「待てっ! 待てだアイル!」
セブンスが犬に命令するように叫ぶ。
「う~」という幻聴が聞こえそうだ。いや、聞こえた気がする。
「これを渡しても大丈夫なんだろうな? アイルさん?」
「も、もちろん大丈夫だ。信じてくれ」
アイルの手がわなわなと震えている。この剣に何か思うところがあるのだろうか? それとも剣ならば何でもいいのだろうか?
――不安だが渡すしかないよな。暴れ出さないでくれよ。
真祖の剣を漆黒の鞘に納めてアイルに渡すと、その剣を愛おしそうに抱きしめた。
「「ふ〜……」」
セブンスとセレスティーがと息を吐く。
とりあえず何も起きなかった。
「アイルさん……、なにか作戦でも?」
「速攻で斬りまくりだ! それで十分だろう」
「まあ、それしかないんだけれど」
「それよりも反対側にいる魔獣から目を離すな」
アイルは意外と冷静だった。
「あ、ああ。そうだな……。セレスティー、知ってた?」
アイルは西側に三体のオーガ級の魔獣がいることに感づいていた。
「もちろんよ、ダーリンは警戒心が薄いのよ。わたしのガーディアンなんだからしっかりしてね」
「そ、そうだな。ごめん……」
セブンスは、自分の戦闘レベル以上の攻撃を受けると死亡しない限り超回復が働き、自然にレベルアップしてしまうスキルを持っている。即死だけを注意していれば、おそらく最強のスキルではないだろうか。そのスキルが原因で、セブンスは警戒心が薄い。
セレスティーはそれを気にしているのだ。セブンスは彼女のガーディアンだ。自分以上にセレスティーを守らなければならない。警戒心の薄いガーディアンなどありえない。
「セレスティーとフェルは西側の魔獣を警戒してくれ。俺はアイルの援護をする」
「「「了解!」」」
アイルが北側を睨んで魔法を詠唱した。
「身体強化レベル2!」
そして、真祖の剣を抜いて走り出した。
――速い! ついて行けるか?
セブンスはアイルを全速力で追ったが、一角狼の前までに追いつくことができなかった。
そして一角狼の群れが一斉に飛び出してきて、申し合わせたように左右に広がる。
セブンスは魔法で火の壁を両側に作り、彼らの包囲陣を阻止た。
「草原だから山火事にはならないだろう」
面白いことに一角狼は火を恐れて逃げ出したりしない。もちろん、セブンスが作った火の壁はかなりの高温なので、一角狼は近づくことができない。
「おいでワンちゃん!」
アイルの挑発で一角獣が彼女に殺到するが、火の壁があるので一角狼は三対一での戦いを強いられる。
中央の一角狼が飛び上がり、左右の一角狼は地を這うようにアイルへ飛びかかった。
アイルは慌てずに飛び上がった一頭を右から左方向へ切り捨てる。そしてそのまま剣速を維持して左下の一頭も切り捨てるが、右下の一頭に飛びかかられる。
「あっ、やばい!」セブンスが叫ぶ。
だが、アイルは右回転しながら左に移動し、飛びついてきた一角狼の腹を切り裂く。
「すげー体捌きだ」
格闘戦のほうが得意だというだけあり、彼女の剣さばき、体捌きが一流であることが、セブンスにはわかった気がした。もちろん、彼は専門家ではないので本当のことはわからない。
それからはあっけなかった。あっという間に残りの十七頭を真祖の剣の餌食にした。
「気持ちいい~!」
一角獣の生命力が一気にアイルへ流れ込み、それが快感になっているようだ。彼女はなんとも言えない恍惚とした表情をしている。
「この剣は……やばい気がしてきたぞ」
「うふふふふ……くふふふふ……」
アイルはしゃがみ込み、両手で股間を抑えている。
尋常ではない彼女の振る舞いに、セブンスは驚愕する。
――ちょっとマズイことになった。
なぜなら、戦いは終わっていないからだ。
隠蔽スキルを持った一角狼のボスが姿を現した。
「このまま逃げてくれると思ってたんだがな」
セレスティーたちの索敵を免れても、セブンスの索敵には引っかかった。さすがに大賢者グランから継承した能力である。
「アイスキャノン!」
セブンスが広げた掌からテニスボール大の氷塊が高速で射出される……、が。
「避けただと!」
ボスはそのまま走り出し、恍惚状態のアイルに飛びかかる。
彼女はボスに背を向けている。
「アイル! 避けろ!」
だが、心配無用であった。
ボスとしては敵の後ろを取ったと感じたはずだ。しかし、アイルには見えていた。
飛びかかったボスがアイルの頭上を飛び越して着地する。
そして、ボスの腹から臓物がドサッと地面に落ちた。
一角狼のボスの巨体がゆっくりと倒れて地響きを上げる。
「あぁぁぁぁ……」
アイルは立ち上がると嬌声を上げながらセブンスに近づく。
「お、おい、ちょっ……」
虚ろな目をして、ゆっくりと迫り、真祖の剣を右手で上段に構える。そして左手は胸に……。
「我慢できないの……はぁはぁ」
「な、何を?」
「お願い、お、お願い」
「その前に剣を納めてほしいんだけれど……」
アイルは真祖の剣を投げ捨てるとセブンスに飛びかかってきた。
そのとき、彼女の体を紫電が迸る。
「うがぁ!」
アイルは気絶して動かなくなった。
「ダーリン、浮気はだめよ~」
冷たい目をしたセレスティーがゆっくりと近づいてくる。
「あ、はい……。いや、いま襲われそうになってたんですけど!」
――この剣はだめだ。二度とアイルに持たせないぞ……。
「ピシャー」落雷の音が木霊する。
「お兄ちゃん大丈夫?」
気絶したセブンスの体を後から来たフェルがスンスンと嗅ぐのだった。
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