第16話 水の精霊ミスティー
天空族と遭遇して緊張感を高めたツバサたち一行は、次の目的地である〈エルフの里〉を目指して西へと向かった。
「この世界には
「他の世界のことは知しりませんが、暗黒大陸に
暗黒大陸は他の大陸とは異なり、龍脈が多く流れている。龍脈とは地下を流れる
魔獣が他の大陸よりも多く棲息しているのは、それが原因ではないかといわれている。
「さすがに多過ぎるよね。でも、何でお兄ちゃんのところに寄ってくるのかしら?」
「俺が〈精霊の紋章〉を持っているからなんだけど……。でも何とかならないかな? 俺がいるのがバレバレじゃないか」
「〈精霊の紋章〉の力がダダ漏れになっています。胸の辺りにバリアを張る要領で精神を集中してみて下さい」
「バリアを張る? まあやってみるか。でもその前に……、オープンパネル!」
ツバサは改めて自分のプロフィールを見ることにした。
なんとなく、体に変化が感じられたからだ。
・名前:ツバサ・フリューゲル
・年齢:一六歳
・主な職業:黎明樹の巫女の護衛
・住所:グラン邸
・戦闘レベル:255
・戦闘術:剣術レベル8、格闘技レベル5
・魔法:-
・討伐ランキング:5,021位
・スキル:プロフィール、マップ、完全回復、浄化、自動超回復、魔法パネル、異次元収納、瞬間移動、探索、鑑定、偽装
・特記事項:精霊の紋章
・契約精霊:(仮契約)水の精霊ミスティー
「おっ、住所がグラン邸になってる。でも、この世界に存在しない場所だし、ここに表示される意味はないかもかも?」
「まあ、いいじゃないですか。わたしたちとしては当然のことなんですから」
「そりゃそうだ」
「ツバサさま、最後の項目が変です」
「最後の項目というと。(仮契約)水の精霊ミスティー……」
そこにはいつの間にか契約精霊の名前が加わっていた。
「水の精霊ミスティー……。
「呼び出してみては如何かでしょうか?」
「そうだな。ミスティー、出てきてくれないか?」
ツバサたちの目の前に、水の精霊ミスティーが姿を現した。
ミスティーは白地に水色が混じった柄のロングドレスを着た美しい女性だった。
だが、たった一つ、人間と違うところがあった。
それは彼女の背中に最高位の精霊を示す三対の羽が生えているところだ。
「はじめまして、〈精霊の紋章〉を持つ人の子よ」
その女性は人間と変わりなく、普通に声を発した。
「フェル、この女性は精霊か?」
ツバサは神獣であるフェルに訊いた。
神獣なら精霊と知り合いの可能性が高いと思ったからだ。
「そうよお兄ちゃん。間違いなく精霊ミスティーよ。彼女は最高位の精霊なのよ」
「えっ、マジですか。こんなに綺麗なお姉さんが最高位の精霊?」
ツバサは初めて見る最高位精霊に緊張を隠せなかった。
「わたしの名はミスティー。水の精霊です」
「はじめまして、俺の名前はツバサ・フリューゲル。見ての通りの人間です」
「ふふふ、見ての通り……かしら」
「まあ、ある意味、人間を辞めていると言われても仕方ないけど、俺はまだ人間だと思ってるよ」
戦闘レベルが255に達した人間は、ミストガルの歴史には記録されていない。しかもツバサは一六歳という若さなのだ。
比べることができるのはこの世界では魔族か、天空族か、あるいは龍神族のどれかだろう。
ツバサはすでにカルマンという天空族と戦闘していて、わざと負けている。
カルマンの実力が天空族の中でどの程度か分からないが、ツバサのほうがかなり強かった。
やはり、ツバサは人間の範疇には収まっていない――
「ツバサさんが天空族と戦っているところを拝見させていただきましたわ。その強さは精霊の紋章を持つからだけではなさそうですね」
「俺の強さは黎明樹の加護を受けているからですよ。そうじゃなかったら、すでにこの世にいない」
「精霊との契約はまだみたいですね。それではわたしと契約しましょう。わたしが一番乗りですね。ふふふ」
「それは有り難い。でも、精霊紋を持つからといって、何で俺と契約しようと思うのかな?」
「精霊の紋章を持つ者との契約……それは黎明樹の意思だからです。そして、わたしがあなたをとっても気に入ったからですわ」
ミスティーはツバサに向かってウインクした。
日本にいた時、彼は女性からウインクされたことは一度もないどころか、映画でしか見たことがない。
それに、どこに精霊に気に入られる要素があるのだろう?
ツバサは本気で分からなかったが、精霊と契約するのは当初から予定していたことだし、断る理由は全くない。
「そ、それで……、どうやって契約するんだろう?」
「契約書を取り交わしたりはしませんよ。わたしたちとの契約は意思を示すだけで成立します」
「そ、そうなのか。任せるよ」
ミスティーは両手を一旦広げてから胸の前で手を合わせた。 大きな胸が邪魔な気がしたが、ツバサはそれを見て見ぬふりをした。
「ツバサさま、エッチです!」
「お兄ちゃん、やらし~」
「あのな……」
本当のことなので、言い返せないツバサだった。
「古の盟約に従って、ツバサ・フリューゲルはわたくしミスティーと末永く幸せに暮らすことを誓いますか?」
「それって、結婚式みたいだけど、本当に精霊契約なのか?」
「も、もちろんですよ。早く誓ってください」
(なんだか騙されている気がするな……)
「誓います」
(これでいいのか?)
「わたしも誓います」
ミスティーはツバサに抱きついて、唇を合わせた。
「ん、んんん……」
(これが精霊契約?)
ツバサとミスティーの体は青白く輝き始め、光の奔流が天空に向かって伸びていく。
「こらっ! お兄ちゃんから離れろ!」
フェルが怒って停めようとするが、その光には近づけない。
その光が消えたとき、水の精霊ミスティーは消えていた。
「ごちそうさまでした」
『お粗末さまでした』
ミスティーがテレパシーで返事をした。
フェルが慌てて近寄って来る。
「お兄ちゃん! 大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。心配ない」
「油断したわ。精霊といっても妖精と同じで悪戯好きなのね!」
「妖精もいるのか……。ファンタジーだな……」
そして、湖の一帯から数多くの
まるで精霊契約を祝うかのように――
ピコーン!
『精霊契約が成立しました。魔法パネルを開きますので、確認して下さい』
「誰の声だ? 魔法パネルのアナウンス?」
クラウが魔法パネルを開いてくれた。
フェルアイコンの横にミスティーをデフォルメしたアイコンが表示された。
それは綺麗なお姉さんがウインクしているアイコンだった。
「精霊魔法について、おさらいをします」
クラウは真面目な表情になり、話し始めた。アシスタントというよりは秘書といった印象だ。
何故かツバサが嬉しそうな顔をしている――
「精霊魔法とは、精霊と直接交信することによって行使することができる魔法です。人間が使う属性魔法とは起動速度も魔法効率もまったく違います。そのため、使用する時は最新の注意が必要になります」
「つまり、威力が強過ぎるので注意して使えということだね?」
「はい、そういうことです」
「分かったよ。とにかく試してみよう」
ツバサとフェルは湖の畔に立ち、対岸を見つめていた。
魔剣の威力を試した時と同じ様に。
「えーと、水魔法って、どんな魔法が使えるんだろう?」
「アイスニードルを使ってみて下さいませ」
さすがにクラウは物知りだ。精霊魔法についてもよく知っているらしい。
「ミスティー、アイスニードルを使うよ」
『いつでもどうぞ』
「アイスニードル! 弱めにね……」
ツバサが差し出す右手から、アイスニードルがバルカン砲のような迫力で飛び出てきた。
もはや射出するスピードが可聴域に達しているため「ブーン」という音にしか聞こえない。
対岸の木が次々になぎ倒されていく……。
「ストップ! ストップ! もう止めて!」
魔法剣から射出される真空刃がとてつもなく可愛い魔法に感じるほど、ツバサの精霊魔法は威力が強かった。というか暴力的だ。
「ミスティー、わざとだろう?」
『ご、ごめんなさい。今度は弱めにするわね』
「悪ふざけが過ぎるのよ!」
フェルも相当驚いたのだろう、尻餅を突いている。
「ミスティー、今のはアイスニードルじゃなくて、アイスバルカンという名前にするよ。単発の場合はアイスガンと言うからね」
『了解よ』
「次はアイスキャノンを試してみましょう」
「OK、クラウ。それじゃあアイスキャノンを一発だけ。弱めに」
テニスボール大の氷の砲弾がものすごい勢いで飛び出した。
そして100メートル先にある大木に命中したが、その木は倒れない。
その代わり、太い幹に穴が空いていた。
「100メートル先の木に穴が空いた……。でも、単発なら使えそうだな」
「この威力ならオーガの胴体も突き抜けそうね」
「オーガか……。この大陸にもいるんだろうな」
「オーガキングもいるよ、お兄ちゃん」
「そいつにも通用するかな?」
「今の強さならふっ飛ばすことぐらいならできると思うわ」
「それならオーガキングと戦うときは、アイスキャノン(強)を使ってみよう」
「ツバサさま、再び
「そうだ、精霊紋にバリヤだったね」
ツバサは精霊紋がある位置に、見えないバリアを張るようにイメージしてみた。
(そんなに上手くいくものなのか?)
「お兄ちゃん、エメルが離れて行くよ」
「マジかよ。こんなに簡単ならもっと早くやっていればよかった」
「バリアは張ったままにできそうですか?」
「思ったよりも苦にならないから大丈夫だよ」
バリアを張るのは
とりあえず精霊魔法の使い方を覚えたツバサは、クラウとフェルを引き連れて〈エルフの里〉を目指して再び歩き出した。
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