第29話 ホイール交換
『琴ちゃん、コウヘイが自転車乗ってショップに来てほしいって言ってるよ。よろしくね』
お小夜騒動も落ち着いたある日、琴にヨシノさんからメールが入った。
何だろう、琴は訝りながら週末、ショップへ走った。
「いらっしゃい。すみません、お呼びたてして」
「いいえ、どうしたんですか」
「実は琴ちゃんのお爺様からクリスマスプレゼントが届いてましてね。取り付けを依頼されたんですよ」
「クリスマスプレゼント?」
「はい、いいグレードのホイールです。スポークがカーボンですよ。これで走りはワンランクアップ間違いなしです」
「それって何が違うんですか?」
「まず重さ、いいホイールは軽いんです。そして転がりが滑らか。だから漕ぎ出す時に、くいって進むようになります。それに軽い分、坂道も登りやすくなります」
「ふーん」
「ま、走ってみないと判りませんけどね。スピードも上がると思いますよ。じゃ、早速やりますね」
「はい、よろしくお願いします」
コウヘイさんは嬉々としてホイール交換作業に入った。出来上がったすずらん号は、少しよそ行きに見えたけど、正直、琴には違いがあまり判らなかった。
「爺様、有難う、ホイール」
その夜、琴は爺様に電話した。
「いやいや、多分よく判らんと思うけど、坂道がぐっと楽になる筈だよ」
「うん、わかんない」
冬休みに入って、琴とゆりはカフェ・ワッフルでまったりしていた。
「と言う訳で、すずらんちゃんのホイールが良いのに変わったの。ビワイチのご褒美だって。私、クリスマスプレゼントは三年間停止中だから嬉しいんだけど、でも、乙女のクリスマスがホイールって変じゃない?」
「いや変じゃないよ、粋だよ、コトのお爺ちゃん。これで初詣ライド楽しみじゃん。ね、ヨシノさんまた行くんだよね」
「うんそうそう、ゆりちゃんに悪いから控えてたんだけど、琴ちゃん、お正月に吉野行こうか?」
「吉野ですか?ヨシノさんと?」
「コト、何言ってんのさ」
「うん、ま、コウヘイも連れてくけど、琴ちゃん秋に明日香の棚田を見に行ったって言ってたでしょ」
「はい、きれいって言うから、あそこなら一人で行けるんです」
「その棚田の所から道なりに南へ走ると山道になってね、峠を越えると吉野なのよ。昔の人たちが吉野から明日香に通った道だから、坂は結構あるんだけど、琴ちゃんも一度ちゃんとした山道走っといた方がいいかなって」
「はい、坂道キライですし」
「奈良に住んでると、どこに行くにも山に当たるのよ。坂道のコツはね、いっぺんに登ろうとしないで、一歩一歩、目の前の道をジワジワってクリアしてゆくことなのよ。そうしたらいつか峠に辿り着く」
「なんか、受験勉強みたい」
ゆりがボソッと言った。
「1月5日で良かったら、去年の所に集合して行こう」
「はい。ヨシノさん、逆方向じゃないの?」
「うん、多分前の晩、そっちの方に泊まってるから心配しないで」
「そっちの方…ですか?」
ゆりが突っついた。
「ほら、コウヘイさんとこよ。鈍いなお主」
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