第15話 ゆり発病
翌日、ゆりは学校を休んでいた。
「ゆり、やっぱ病院行ったんだ」
LINEしてみたが、未読のまま。電話するのもなあ、まあ明日行ってみよ、と琴はそのまま放置した。翌日もそのまた翌日も、ゆりは欠席だった。どうしたんだろ。さすがに琴も気になり始めた。4組のお小夜に聞いても『うーん、判らないけど病院みたい』としか判らない。木曜日になってようやくゆりは学校に来た。
「どうしたの?成長痛酷かったの?」
放課後、ようやくゆりをつかまえて琴は聞いた。ゆりは、うつむき加減でポツンと言った。
「足、成長痛じゃないって。病気だって。このままじゃ歩けなくなるって」
「え?ええ?」
全く予想もしなかった言葉がゆりから返って来た。
「もしかしたら癌かも知れない。骨肉腫って足の骨の癌。前から時々痛かったのはそれみたい」
「えー?どう言うこと?癌って?」
琴の頭は全くのフリーズ状態に陥った。
「だから、多分手術する。ロードにも暫く乗れない。詳しくは判らないけど一年位かかるみたい」
そんな…。突然なんて悲劇が落ちて来るんだ。よりによってゆりの上に。
「ごめん、コトのお爺ちゃんちに行くの、もう少し後になる。治ってからになる」
「それどころじゃないでしょ!癌って、なんでゆりがそんな事になるのよ」
琴の頭は突如高速回転を始めた。
だって、癌って事は、大変じゃない。自転車どころじゃないよ。何が何でも直さなきゃ。私は何したらいいんだ。
「今日はお母さんが車で迎えに来てくれるんだ。明日も病院で、多分終業式まで来れないと思う。ごめんだけど、しばらく一緒に走れない。じゃね」
そう言って、ゆりは学校の正門へ足を引きずりながら歩いて行った。その先には空色の自家用車。きっとゆりんちの車だ。琴はぼんやり車のブレーキランプが灯いて、やがて発進してゆくのを見送った。
何も考えられない日が続き、やって来た終業式の日、やつれた顔のゆりがいた。ゆりは抗がん剤の治療を開始していた。
「あと二週間もすると髪の毛抜けてくるんだって。乙女の命なのに」
力なく笑うゆりに、琴は言葉を失った。初めてゆりの癌が現実に、目の前に姿を現し、ゆりを食べようとして、そして琴をあざ笑っているように思えたのだ。なんてひどい事を…。せめて車まで一緒に行く。琴はゆりと並んで、ゆっくり、ゆっくりと正門まで歩いた。お互い言葉は出なかった。風になって走っていたゆりが、今はこんなにゆっくりしか歩けない。突然涙が溢れてきた。それを見たゆりは、
「コト、大丈夫…だよ、きっと」
小さな声で言った。
ゆりは気丈に車に乗り込み、琴はただ見送ることしかできなかった。暑い陽差しが寒く感じる、奇妙な夏の日だった。
教室に戻ろうと呆然と廊下を歩いていたら、4組のお小夜がやって来た。
「琴ちゃん、聞いた?」
「うん、私、どうしたらいいんだろ。何も考えられないよ」
「まあ病気を治すことは出来ないけど、でもね、4組で『ゆりレスキュープロジェクト』やろうって言ってんだ。そのうち入院するみたいだし、勉強遅れるから、みんなで助けようって」
「そうかあ、私も何か手伝いたいから言って。クラスには入れないけど、何もしないと罪悪感感じる」
「そうなのよね。みんなそう感じてる。夏休みだから、琴ちゃんもLINEのグループに入って。そしたら連絡できるし」
「うん、判った。招待してね。携帯番号ここに書いとくわ」
「ありがと、じゃ後でやっとくね」
お小夜はいい子だ。ゆりが居なかったらお小夜とも知り合えなかった。
琴は気を取り直して、校門を出た。まだ決まった訳じゃない。キセキが癌を追っ払ってくれるに違いない。だって、ゆりはあんなにいい子なんだから。神様そうでしょ。琴は小さく声に出してみた。
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