第33話

「やぁ、凛姉さん。それに、久しぶりだね智樹君」


 博隆は笑っていた。ただその笑顔は作られているように見えた。作られているように見えたからこそ、恐怖を感じたのかもしれない。


「そちらの2人は誰だい? 智樹君のお友達かい?」


 博隆は俺たちの後ろで唖然としている小百合と由衣に目だけ向けて質問する。彼女らはあまりの部屋の広さに唖然としているようだ。まぁ、無理もない。


「彼女たちは、俺の妹と高校の先輩です」

「そうか。ところで何をしに来たんだい?」


 どうやら博隆はあまり、彼女たちに興味がないようだ。


「決まっているでしょ! この状況の事よ! どうして私が世間から存在が消えているの!?」


 少し、声を荒げる凛。まぁ、いつもの事だけど。


「さあ? それは僕にも分からないよ。でもね、僕は君が関係しているのではないかと思うよ。智樹君」


 やっぱり俺か……。


「そもそも君が凛姉さんに会ってからおかしなことが続いているんだ。そう考えるのも無理はないだろう?」


 正直言うと俺もそう思う……。口には出せないが…。


「それで!? どうやったら元に戻るのよ!?」

 凛はいつもより声を荒げる。


「元に戻る? そもそも、凛姉さんは元に戻りたいのかい?」


「そりゃそうでしょ! 世間から記憶も記録もないのよ! ほっとけるはずないでしょ!」



「僕は別に元に戻らなくてもいいと思ってるけどね」



「!? なんでよ!?」


「では聞くが、この生活に不便はあるのか?」


「あるに決まってるでしょ! 生活はどうするのよ!」

「幸いにも僕が凛姉さんの事を覚えているのだから、今まで通り生活できるよ」


「……。学校は…?」

「この家の権力を使えば何とかなるよ」


「……。友達は…?」


「…。まぁ、それは諦めるしかないかな。でも、考えてみてよ。凛姉さんの友達はこの家のお金目的の人しかいないじゃないか。そんなのに友達の価値があると思うの?」


「……」


 凛は苦しそうに顔をゆがめていた。言いたいことが言葉にできなくて悔しいのだろう。


「ちょっと待った! それは聞き捨てならんな!」


 小百合さんが仁王立ちで博隆に問いかける。


「お前は、凛の弟さんらしいな。弟さんだったらお姉さんの幸せを考えるのが当然だろう?」


「そうだな。僕は常に凛お姉さんの幸せを考えて生きている。それがどうかしたかね?」


 博隆は少し鬱陶しそうだ。


「ならば君の考えは間違っている」

「なに?」


「たしかに金の事を付け回してくるような友達は最低な友達かもしれない。だが、人とは出会いがなければ成長できない。出会いがあるから、新しい発見があるし、新しい自分が見つかる。これは私も経験した確実なことだ」


「確かにそういう考え方もあるかもしれないね。だけど、部外者はほっといてほしいな。僕には僕なりのやり方がある」


「部外者? 私は部外者ではないぞ。記憶にないが、彼女とは1度話をして、一緒にご飯も食べている。立派な友達だ。そうだろう?凛」


「も、もちろんよ! 友達に決まっているじゃないの!」


 凛は少し頬を赤くしていた。誰もが真正面から友達と言われると恥ずかしいような嬉しいようなそんな気分になるものだ。


「……そうかい。部外者と言ったことは謝ろう。だけど、君には彼女の記憶がない。言ってみれば見ず知らずの他人みたいなものだ。なぜそんなにも彼女の事を思う?」


「友達だからだ」


 小百合さんは即答する。


「友達が困っていたら助けるってのが、友達っていうもんだ」


「……。君は立派だな。まるで迷いがない。だけど、それが君の弱点でもある」

「どういうことだ?」


「いずれわかるさ。いずれ……」


 そういい、博信は薄く笑う。


「今日はもう帰ってくれ。僕も少し考えたいんでね」


「ええ! 私も帰りたいと思っていたところよ! 何よ! 助けてくれると思ったのに。期待した私がバカみたいじゃない!」


 凛は相当不機嫌なのか、怒った顔で部屋から出ていった。俺も凛を追いかける様に部屋を出ていく。


「おい、凛。今日の夜はどうするんだよ!?」


「あんたの家に泊めさせてもらうわ」


「弟さんに泊めてもらえばいいんじゃないか?」


「いやよ! あいつに頼み事なんてしたくないわ! それとも、あんたの家に不都合があったりするのかしら?」


「別にないが……」

「じゃあ、決まりよ! あんたの家に行くわ!」


 えぇ、なんか強引だな。別にいいんだけど。



 帰り際、タクシーの中にて。


「そういえば、カオリさんに話するの忘れていたな」


「そういえば、そうね。忘れていたわ。まぁ、次会った時にも話を聞きましょう」


「そんなんでいいのかよ」


「うるさいわね! いいの! 疲れてるんだから!」


 それもそうだろう。今日はいろいろ予想外の事が起こったからな。俺もとても疲れた。凛なんて俺の比でもないほど疲れているはずだ。今日は帰ってゆっくり休もう。こういうのは落ち着いて考えた方がいい。


「そうだ! 今日は鍋にしよう!」

 そう提案したのは小百合さんだった。


「私が特性の鍋を作ってやる! 鍋は心を落ち着かせる効果があるからな」


「え、小百合さん。またうちに来るんですか?」


「そうだが、何か問題でも?」

「別に……」


 小百合さんの家は大丈夫なんだろうか……。



 タクシーを家の近くのスーパーで止めてもらい、4人で買い物をした。


 キムチ鍋にするかもつ鍋にするとかで揉めたり、しめはラーメンかうどんかで盛り上がったり、買い物ってこんなに楽しいんだなと感じた。


 こんなにも友達って暖かいんだな。



「いやー、小百合さんの鍋楽しみだな」

「任せなさい! 私が飛び切りおいしいのを作ってやる」

「鍋に上手とか下手とかあるの? 煮込むだけじゃないの?」

「味付けとか。アレンジとか、色々大変なんですよ」


 他愛のない話をしながら俺たち4人は家に帰る。


 家が見えてきたところで、由衣が何かに気が付いた。


「お兄ちゃん、家の前に誰か立ってるよ」


 目を凝らしてみると確かに誰か立っている」


「へー、珍しいな。うちにお尋ね者とか」

「誰だろう?」


 家に近づくにつれ、その正体は明らかになってくる。



 入れの家の前に立っていたのは、カオリさんだった。


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