第32話

 凛の家の門は開いた。それどころか、カオリさんがこの事件の秘密が握っている可能性が高いという情報まで手に入ってしまった。これは、あまりに出来過ぎなのではないだろうか。少なくとも俺の人生ではこんな幸運絶対にない。つまり今この環境においては、凛の『異常に運がいい力』が俺の『異常に運が悪い力』を勝っているということになる。


 そこで1つの仮説が生まれる。



 この力は出来事に対して主に行動を起こしている人の方の『能力』が働くのではないのかと。



 例えば、ついこの前、凛を俺の部屋にかくまうことにしたとき、めったに俺の部屋に来ない妹が突然訪ねてきたり、俺の家に1回も来た事のない小百合さんが突撃してきたり……明らかに運が悪いことが連発して起こった。つまりその時は俺の『能力』が働いていたわけだ。


 この時、凛を隠そうとして行動したのは主に俺であって、凛は特に何もしていなかった。だから俺の『能力』が働いてしまったということだろう。


 逆に今回の場合は、門を開けるために主に行動したのは凛であって、俺は特に何もやってない。それゆえに凛の『能力』が働いて何もかもがうまくいったと考えられる。 



 つまりこの力は、本人たちの意思によって使い分けることができるのではないのだろうか。



 運が悪いことを起こそうと思えば(そんな時はないと思うけど)俺が行動を起こせば俺の能力が働き。運がいいこと起こそうと思えば凛が行動を起こせば、凛の能力が働くということだ。もしこれが本当だとしたら、大きな収穫となるが、同時に1つの疑問が生じてしまう。



 この事件はどうして起こったのか?



 今まで俺は、凛の兄博隆が言っていたようにお互いが干渉しあっているせいで力が暴走し事件が起こったものだと思っていた。


 だが今回俺がした仮説が正しいとするなら、どちらかの能力によって事件が起こったということになる。


 その場合、この事件は決して運がいいものではないから、俺の『能力』が働いてと考えてもいいだろう……え、これって俺のせいなの……?


 そう考えると急に怖くなってきた。俺はもしかしたら取り返しのないことをやってしまったのかもしれない。無意識に運の悪い方向に進んでいくとは言え、責任がまったくないということはないだろう。


 俺は凛には悪いが、この仮説はしばらく隠しておくことにした。いやでも、運が悪いからすぐにバレるのか? いや、少しくらいは大丈夫だろう。うん。


 ―――――――――――


「じゃあ、入るわよ」


 凛は決心を決めたのかゆっくりと自分の足を前に出す。どう見ても自分の家に入る足取りではない。どうやら凛ですら緊張しているようだ。


「お、おう」


 俺はもっと緊張していた。2回目とはいえ受け入れにくい外観の上にこの中に今回の事件のカギを握っているかもしれない人物がいるのだ。緊張するのも無理はない。それに『あの仮説』がいつバレるのか、ドキドキしているのも少なからず影響している。


 だというのに後ろでは小百合さんと妹が目をキラキラしながらはしゃいでいた。まるで緊張などしていない。


「すげー!外観もすごいが中の方が金かかっている感じがするな!」

「すごいですね!こんな豪邸がこの町にあったなんて!」


 まるで遊園地に出も来たかのようなはしゃぎ方だ。というかいつの間にか妹が小百合さんと仲良くなっている。つい先日、小百合さんの事を怖がっていたのが嘘のようだ。まぁ、小百合さんは少し強引なところや天然なところがあるけど、根はすごくいい人だからな。少し話せば仲良くなるのかもしれない。


 とりあえず俺と凛は彼女らを無視して奥に入ることにした。すると玄関の所にメイドさんが立っていた。カオリさんの姿はなかったが前回俺が来た時のメイドさんと同じ人だった。接客係とかあるのだろうか。たしか彼女には名前がなかったんだっけ。不便だな。


「お待ちしておりました。凛様、智樹様。それと、えっと……そちらのお2人は…?」


 メイドさんはいまだにはしゃいでいる小百合さんと妹を見て混乱している。


 凛はその様子を横目でちらっと確認すると


「あれは連れの者よ。一緒に通してくださるかしら?」

「かしこまりました。では頭首博隆様の所にご案内します」


 やはり、博隆の所に行くことになるのか。彼は俺たちの事を覚えているのだろうか。見たところここにいるメイドさんは凛や俺を見ても、まるで初対面みたいな対応をしていることから、覚えていない可能性が高い。だが、俺たちの能力を知っていた博隆なら、カオリさんと同じように俺たちの事を覚えている可能性がある。


 まぁ、行ってみて確かめればいいか。基本的に彼は悪い人ではなさそうだから(むしろいい人)好待遇が期待できる。


「本当はあの女に会いたいのだけどね」


 凛が俺に耳打ちしてくる。


「カオリさんの事か。俺も同感だが、ここは大人しく従っている方が警戒されないのではないのか?」


「それもそうね。それに博隆も、もしかしたら何か知っているかも」


「知っていればいいのだが……」


「博隆が私の事を覚えてないようだったら、今回は大人しく帰りましょう」


「カオリさんの所に行かなくてもいいのか?」


「あの様子では今はたぶん会えないわね。後日、私が電話しておくわ。彼女のプライベート用の携帯番号は覚えているから」


「そうか。わかった」


 なぜ携帯番号を覚えているのか疑問に思ったが、そこは触れないことにした。



 メイドさんたちについていくこと数分後、博隆の部屋に着く。


 博隆は待っていたかのように、畳に座布団を置いてその上に座っている。


 俺たちが入ってきたのに気が付くと歓迎するように笑顔でこう言った。



「やぁ、凛姉さん。それに、久しぶりだね智樹君」



 博隆は凛や俺の事を覚えていた。だが、俺はその笑顔に恐怖を覚えていた。

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