第17話
我が校の水泳部のエース。学力優秀。スポーツ万能。
長めのツインテールが似合う整った顔つきの美少女。可愛いというよりどちらかというと美人系。
その場を明るくするムードメーカーで周囲からの信頼も厚い。
まさに完璧超人。
そんな彼女に心を惹かれ、告白を試みる人が多いと思うかもしれない。
だが現実はその逆だった。
たしかに彼女に心を惹かれた人はたくさんいた。だが、彼女に告白しようとした人は彼女の泳いでいる姿を見て口をそろえてこう言ったそうだ。
「彼女には恋愛という概念がない」
彼女は水泳部において圧倒的な実力を持ちながら、それをさらに高めるために一心不乱に練習をしていたのだ。
それを見た人々は彼女は水泳にしか興味がないと感じてしまったのだ。
だが、それは間違いだった。
彼女はごく普通の女の子と同じように、猛烈な恋をしていた。
火曜日 告白の返事の期限まであと0日
屋上のドアを開く。
ガチャリという音が静寂に包まれた屋上によく響く。
手すり脇には1週間前と同じように中村先輩が立っていた。
何かを考えているのか遠くを見つめている。
俺が来たことにはまだ気が付いていないようだ。
よく見ると頬が少し上がっていた。何かいいことがあった後のような幸せそうな顔だ。
「あの、先輩……」
「お、やっと来たか浅野君。期限ぎりぎりまで人を待たせるなんて君も案外鬼畜なのだな。忘れられているのではないかと思っていたぞ」
そう冗談めかして言う中村先輩はいつものようにうれしそうに笑っていた。
「それと、先輩と言うのやめてくれないか。君との距離が遠いような感じがする。そうだな……、さゆりん、さゆゆ、さっちゃん…? せめて下の名前で呼んでほしいのだが……ダメだろうか?」
「じゃ、じゃあ、小百合さんで」
さゆりんとか、さゆゆとか、さっちゃんはさすがにきつい。
「ありがとう。君は本当に素直だな。そういうところも私は好きだぞ。それで? 今日は返事をしてくれるのだろう? どうだ、私と付き合ってくれないか?」
「…………」
今日は断るつもりで来た。覚悟はしていたはずだった。それなのにいざ彼女の目の前に立つとその言葉がなかなか出ないのだ。
「…なるほど。どうやらその様子ではあまりいい返事ではないようだな」
中村先輩には全部お見通しのようだ。どうやら俺は博隆に言われた通り、すぐに思っていることが顔に出てしまう分かりやすい人間なのかもしれない。
「…………」
見透かされてもなお、自分の言葉でそれを伝えられない自分が情けなかった。
「じゃあ、私はそろそろ行くぞ。言っとくが諦めたわけではない。振られてもなお私は君のことが好きだ。どこまでも追いかけるだろう」
そう言うと彼女はドアへと歩いていく。
ここで黙りきっているだけじゃあとで後悔するような気がした。彼女はすでにドアの向こう側にいた。
「待ってください!!!!」
俺はドアに向かって叫ぶ。
渾身の力を振り絞って出した大声は、思ったより大きな声が出た。きっと学校中に響き渡っているだろう。
ドアが開き中村先輩が顔を出す。
「どうした? もしかした考えが変わったのか!?」
嬉しそうにこっちを見ているところ申し訳ないが、そうではない。彼女の告白は断るつもりだった。
だけど、これだけは聞いておきたかった。
「なぜ、先輩……小百合さんは俺のことが好きなんですか?」
ほぼ話したこともなく、同じ趣味があるとも思えない俺がなぜ彼女に好かれているのかが不思議でたまらなかったのだ。
中村先輩は少し面食らった顔をし、再び手すり脇にもたれかかった。
「なんだ、憶えていなかったのか」
「『憶えていなかった』……? なにかありましたっけ?」
俺と彼女は文芸班のミーティングの時にしか会っていない気がする。
「まぁ、憶えていないのも無理がないかもしれない。なにせ10年近く前の話だからな」
「10年!?」
「あぁ。ちょうど君が来るまでその時のことを思い出していたところだったから、今なら鮮明に語れるだろう」
あの幸せそうな顔は昔を懐かしんでいたのか。
「教えてあげよう。10年前にあった出来事を。そして中村小百合が浅野智樹という男が好きになった理由を」
俺はゴクリと唾をのむ。
そして彼女はまず最初にこう言った。
「君は、浅野智樹は今の『私』という人格を作ったと言っても過言ではない」
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