第15話

 凛が服を着るために部屋の外で待たされてから約30分。


 やっと部屋に入ることを許された俺は、どんな感じの服装なのかをかなり期待していた。


 だって30分も待ったんだよ? ものすごい手間がかかる服か、すごく凝ったおしゃれをしているに違いない。


 そんな確信に近い期待を抱きながら俺は凛の部屋のドアを開ける。


 だが、俺の期待とは裏腹にそこに立っていたのは、昨日一緒にご飯を食べたときに着ていた服とさほど変わりないゴスロリファッションの木下凛だった。


「どうかしら? 昨日は黄色を基調にしたドレスだけど、今日は黄金色を基調にしてみたの。フリルの所にあるこのクマさん刺繍がチャームポイントね!」


 よくよく見たら黄金色でクマさんの刺繍がしてある。だけど、よくよく見ないとわからない模様ってチャームポイントになるのかな?という多分男子特有の疑問が、軽く脳裏を横切ったが言わないでおくことにした。


 彼女はとても自慢げに、まるで我が子かのようにゴスロリドレスを説明しているのだ。そこに水を差すようなことはできない。


 だがこれだけは言わせてもらおう。


「これを着るのに30分近くもかかったの?」


 一目見たときから気になっていた。この服に30分もかかる要素はどこにあるのかと。精々10分だろう。着た事ないからあくまでイメージだが。


「もちろん着るのはほんの数分よ。だけどね、ファッションというのはチョイスが大事なの。つまり組み合わせね!この服に合う靴下はどれか、下着は何か考えないといけない。何百通りもの組み合わせがある中で、今日という人生に1度しかない運命に合う組み合わせを見つけるのは至難の業なのよ!」


「へ、へー。そこまでこだわるのか……」


「当たり前でしょ!いくら私が美少女でもダサい服を着ていたらかっこ悪いもの」


「ふーむ。たしかに。だけど下着は見られないのだしこだわる必要はないと思うけど」


「あら、見えるかも知らないじゃない。男子なのにそんなことも気にしないの?」


「気にしねぇよ!いったい男子を何だと思っているんだ!」


「隙あらば女の子のパンツを覗こうとするケダモノ」


 ひでー!もしかして俺もそんな風に思われているのか!?そうであれば誤解を解かないといけない!俺は小学生のパンツなんて別に覗こうとしないと!


「あのー凛さん? 俺は別にパンツを覗こうなんてこれっぽっちも、まったく思って一ませんからね!」


「え、でも弟の博隆が『この世の男子は全員美少女のパンツを覗こうとするんだ。だから見られてもいい立派なパンツを履くんだぞ!』と言っていたけど?」


「あー。それはたぶん博隆の偏見だと思うぞ。うん」


 それにしても、ハッキリ言いすぎだろ博隆!そして自分の性癖を全男性共通だと思わないでもらいたい。この場合、博隆が変態だということを凛に教えておいたほうがいいのかな?


「ちなみに、ちょっと気になったのだが、その「見られてもいい立派なパンツ」って何だ?」


「ほら、やっぱり気になるんじゃない。見たいなら見たいと言えばいいのに。素直じゃないのね」


 そう言いながら、スカートをたくし上げる凛。あれ何でこんな自然な流れで見せてくれるんだろう?おかしいな。俺の知っているごく一般的な年ごろの女の子はそんな簡単に見せてくれないんだけどな。


 そうやって頭で混乱しながらも、ついつい見てしまうのは男の本能という奴なんだろうか。止めたほうがいいとは思ったが、なぜか止めることができなかった。


 そしてそこにあったのは、真っ白な生地に可愛いクマさんの刺繍がされている。なんというか小学生っぽいパンツ。果たしてこれは「見られてもいい立派なパンツ」なんだろうか。


 何を言えばいいのかよくわからないまま、しばらくじっと見ていると、


「やっぱりパンツを見たいただのケダモノだったのね」


 軽蔑の声が聞こえてきた。


「いや、えっと、その、これは、君があまりにも自然の流れで見せてくるもんだからつい!というかなんというか、どちらかといえば見せられたと言ったほうが近いというか。えっと、その……ごめんなさい!!」


 言い訳をしようと思ったが、どれもただの言いがかりにしか聞こえないことに気づき謝ることにした。


 凛は今更ながら赤くなり顔を背けている。


「ま、まぁいいわ。私の美貌につい心がゆがむのもよくあることだし、許してあげる。そんなことより、もうこの話はやめないかしら。自分で始めておいてなんだけど、何だか恥ずかしくなってきたわ」


「そ、そうだな」


「とりえずそこに座ったら? 立ち話だとこっちもしんどいわ」


「お、おう」


 俺は部屋の中央に設置されたミニテーブルの周りに敷いてある座布団の1つに座る。


 凛は俺と向かい合うように机の反対側に座った。


 しばらく沈黙が続く。どうしよう。何か言ったほうがいいのかな。


 何をしていいかわからず部屋をキョロキョロしていると隅の方に大きな本棚が見えた。


 そういえば電車の中で見た彼女はずっと本を読んでいたな。今時の女子高生にしては珍しい。何を読んでいるんだろう?


 えーと……『とある魔術の禁書目録』、『この素晴らしい世界に祝福を!』、『やはり俺の青春ラブコメは間違っている』、『俺の妹がこんなに可愛いはずがない!』……めちゃくちゃラノベばっかりじゃねえか!なんかイメージと違う!


「ラノベ好きなの?」


 まぁ、これで好きではなかったら逆にビビるが、話すネタがないので一応聞いておく。


「え、えぇ。大好きよ。好きすぎて自分でも書いてるくらいにね!」


「へー。そうなんだ……ん? 『自分でも書いてる』?」


「そうよ!まだプロにはなってないけど、小説投稿サイトで凛って名前でやってるわ」


「へーー!すごいなー。俺は書いたことないからわからないけど、なんだか楽しそうだな」


「ええ。とっても楽しいわ!いろいろな人が私が作った小説を面白いって言ってくれるの!私が作ったキャラクターが好きだと言ってくれるの!それが、楽しくて!楽しくて!1度始めてしまったら、もうやめられないわね!」


 そう語る凛の顔はとても誇らしげで、そしてとてもとても楽しそうだった。


 そこでふと俺はある言葉を思い出した。彼女と初めて話した時、彼女が言った言葉、『年下の男の子に興味があっただけ』。なるほどあれは小説を書く上での話だったのか。


 俺は少し笑ってこう語りかけた。


「どうだ?俺は『年下の男の子』としていい材料になっているか?」


 凛は一瞬キョトンとしたが、言っている意味を理解したのかニッと笑い、


「ええ!とっても参考になってるわ!」


 小さな胸を張り自慢げに答えた。そしてこう付け加える。



「だけど、ラノベみたいにあんたのことを好きになってはいないわ!そこらへん勘違いしないでよね!」



 言い切った後高らかに笑う彼女の笑顔は幸せそのものだった。



 だがこの時には、誰もあんな悲劇が起こるなど考えてもいなかった。


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