第9話

「じゃ、じゃあ、今度私の家に遊びに来なさい!」


「「「………え?」」」



 おいおい、話がぶっ飛んでるぞ。どうやったらそうなるんだよ。いや、嬉しいけど!不可解すぎてちょっと怖いよ!


「ど、どうしてそうなったんですか?」


「な、何よ!別にいいでしょ!特別に我がキャッスルに招待してあげるんだから、もっと嬉しそうにしたらどうなの?」


「キャッスル!?」


「えぇ、私の一族は全国でも5つの指に入るくらいの名家なの。その本家である家なんだからそれくらい当然でしょう?」


 マジか……。そんなに金持ちだなんて知らなかった。全然お嬢様らしくないのにな……。


 驚いている俺を見て満足そうに頷く凛。


「もちろん、1人で来るのよ」


「……え、マジすか」


「ええ、当然でしょ?大丈夫。迷子にならないように案内人を3人つけてあげるから」


 え、迷子になるの?しかも3人も必要なの?こわ。


「いいなー、お兄ちゃん。由衣も行きたいなー」


「羨ましいぞ、浅野君。お土産を頼む」


 絶対、凛の話を信じてないな、この人たち。まぁ、俺も正直信じていないけど。というかお土産って何?


「ふん!あんたたちなんか一生呼んであげないんだから!」


「えー。残念だなー」


「無念」


「うぅ………」


 おい、なんか凛が泣きそうだぞ。小学生を泣かすような感じで結構気まずいんだが!



「……ねぇ……おなかすいた…」



「…いたんですか! 佳穂さん!」

「いつの間にそこにいたんだ!?」

「…誰!? いつからいたの!?」


 完全に忘れられている佳穂。その影の薄さはさすがといいたいところだが、そろそろ対処しないと社会生活に支障がでそうだな。


「ハァ……。最初からずっといましたよ。彼女は木下佳穂。俺の幼馴染です」


「へー。そうなんだ。全然気が付かなかったなー。つーか、影薄くない?」


「はい、俺でもびっくりするくらい影が薄いんです。すいません」


 何度このような会話をしただろうか。もはや、千手観音様の指でも数えられないくらいである。というか、俺って謝る必要ないよね?


 だが、しかし、これでさっきの気まずい雰囲気から脱却することができた。ナイスだ!佳穂。もしかして、それを狙った発言だとか?


 俺は佳穂に向かって密かにグッジョブマークを示す。それを見てキョトンと首をかしげる佳穂。あ、これ絶対狙ってないわ。変な期待して損したわ。


「…ねぇ……ごはん…」


「うるさいわね!今こっちで話しているでしょ!あんた、ここをどこだと思っているのよ!?」


「……え…ファミレス……でしょ?」


「そうよ!ここはファミレス!話すのを目的とした場所よ!」


「…いや…食べる所……なんだけど?」


「ハァ!?あんた分かってないのね!?小説の世界において、食事なんてそっちのけで和気あいあいとトークするのが基本でしょ!?」


「…いや…現実……だよ?」


「そもそもね、あんたファミレスを何の略だとわかっている!?」


「……ファミリーレストラン…?」


「否!faファntastic meeting and let’s speakの略でしょ!?」


「「「「え!?」」」」


「違うの!?絶対そうだよね?ねぇ、由衣ちゃん?」


「いやー、絶対にファミリーレストランだと思うんですけど……ねぇ、小百合さん?」


「無論、ファミリーレストラン略してファミレスだ!やはり、その見た目といい、思考力といいお前はどこからどう見ても小学生ではないか!……?ん?…でも、待てよ。小学生が英語を知っているとは考えられない……あれ?…どう思う?浅野君」


「うーん。最近の小学校は英語の授業を取り入れている所が多いらしいですし、英語は知っていてもおかしくない……って、そんなこと言ったら失礼じゃないですか!彼女だって高校生って言っているんだし、少しは信じてあげましょうよ!」


「いや、しかし、fantastic meeting and let’s speakはヤバいだろう」


「確かに……」


「あー!もう!うるさいわね!私がそう思っているのだから、それでいいでしょ!」


「いや、凛さん。それはさすがにまずいですよ。ただでさえ嘗められやすい容姿をしているのに、もっと嘗められますよ」


「う、うるさいわね!あんたまで……私をバカにして……」


 テーブルに顔を伏せる松田凛。え、俺、女の子を泣かしちゃったの!?それってすごいまずくない?男として最低だよね?今、ここで何かしないと嫌われること間違いないよね?


 困っている凛が可愛くてちょっといじっていただけなのに、まさかこんなことになるとは夢にも思わなかった。


 そうか、そうだよな。気にしているコンプレックスをしつこく指摘されると誰でも傷つくよな。


 少し考えればわかるようなことを今になってやっと気が付いた。もう後戻りできないところまで来て大事なことに気が付く。なんかそんなことが前にもあった気がする。


 なんで俺は学ばないのだろう。なんで気が付かなかったのだろう。そうやって前も大切なものを失ったではないか。なんで成長しないのだろう。


 でも、今回だけは、今回だけは諦めるわけにはいかなかった。諦めてはならないものがそこにあった。


 俺は立ち上がり、垂直に体を折り叫んだ。



「ごめんなさい!!あまりにも凛さんが可愛いものだから、つい言い過ぎてしまいました!でも、傷つけるつもりはなかったんだ!本当だ!これだけは何にだって誓って言える!だって、俺は、俺は凛さんのことが好きですから!!」



 秒針が30度動くくらいの沈黙があった。俺には短針が30度動くくらいの長さに感じた。重い重い5秒間だった。


 やがて彼女の顔がゆっくりと上がる。


 彼女と目が合った。その目はとても赤かった。


 だけど彼女は笑っていた。


「フッ、バカね。これくらいで泣くわけないでしょ?嘘泣きに決まっているじゃない。そんなのも見抜けないなんて男として全然ダメね。今度会う時にはもっと教養をつけてから来ることね。じゃないと、私と到底釣り合ったりしないんだから」


 そう言って彼女は何かから逃げる様に出口に向かって走っていった。


 嘘泣きではないのは誰が見ても明らかだった。彼女が座っていた机には大きな水たまりがしっかりと残っていた。


「なるほど、彼女が浅野君が好きな人か。確かに強敵だな。おもしろい、どちらが先に彼女になるか勝負しようではないか!」


 何かに感動したのか、勝手に勝負を始める中村先輩。


「ところで浅野君」


「何でしょう?」


「君はロリコンなのか?」


「ち、違いますよ!」

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