第6話

 木曜日 告白の返事期限まで 5日


 あれから2日、結局結論が出るどころか、何の進展もなく時だけが過ぎていく。


 そして今日は木曜日。文芸部がある日である。


 もしかしたら、中村小百合先輩に会ってしまうかもしれない危険性がある。


 会ったときの気まずさは計り知れないものであろう。


 告白の返事待ちの女の子になんて言えばいいのだろうか?


 そんなことを考えながら登校する。


 今は電車に乗るために駅に向かっている最中だ。


「……おはよう……」


「うわっ!ビックリした~。なんだ佳穂か」


「……そんなに……びっくりした…?」


「うん。亡霊かと思った」


 もちろん彼女は亡霊ではない。彼女は木下佳穂きのしたかほ。俺の幼馴染である。


 小中高と同じ学校に通っている俺たちは、もはや異性の壁などないと思っている。


 そんな彼女だがすっごく影が薄い。もはや彼女の欠点といってもいいかもしれない。


 小学校の遠足では一人だけ先生からおいて行かれ泣いていた。


 中学校の文化祭では持ち前の影の薄さからお化け役に抜擢されたが、あまりの影の薄さに、途中から忘れられていた。


 この俺でさえ10年かけてやっと、彼女がそっと近づいててきても分かるようになるレベルだ。


 そんな彼女だが、実はすごい人なのである。


 中村先輩と同じ水泳部のエースにして、競泳平泳ぎ100M世界記録保持者である。聞くところによるとすべての種目で1年生にして全国レベルらしい。


 まぁ、バケモンである。


「まったく……ひどいよ…とも君は!」


「すまん、すまん。ちょっと考え事していてな」


「……智君が……考え事…?……珍しいね…」


「ちょっと!?そのいい方だと、俺、いつも何も考えてないみたいだよね!?」


「え……違ったの…?」


「違うから!断じて違うから!!」


「…フーン……で、考え事って…何……?」


 まぁこいつになら話してもいいか。佳穂はこう見えて以外に鋭いところがあるからな。


 それに、妹の言っていた推理(?)も気になるし。


 俺は彼女にも昨日妹と話した内容も含めて、すべて話した。


 ちなみに彼女は、死んでいるのかと疑うくらいピクリともせずに聞いている。


「……なるほど……で、私にどうしろと……?」


 なぜかちょっぴり怒っているように見えた。??なんでだろう??


「そうだな、えーと。単刀直入にいうと、俺はいったいどうすればいいと思う?」


「……ねぇ…。それ…わざと……?」


 怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。


「え、な、なにがでしょう?」


「…私に恋愛経験ないこと……わかっているでしょう……?」


 ??え??ないの??


 お世辞でもなく、彼女はマジ可愛い。今までずっと彼氏さんがいらっしゃるのかと思っていた。


「…私が……付き合えるわけないでしょ……?」


 えぇ……。彼女の影の薄さはもはやそこまで到達していたとは……。


「じゃ、じゃあ、中村先輩の事を教えてくれよ。確か、同じ水泳部だったよな?」


「……それなら……いいけど………」


「けど?」


「…あんまり…彼女の事……知らない…」


「え、練習とか出会うんじゃないの?」


「……練習…?私、そんなの…いってない」


「……は?」


「…いかなくても、バレないし……練習したら…………」


 ……!?この天才タイプが――!


 さっきもいたが、彼女は競泳平泳ぎ100M世界記録保持者である。


「じゃ、じゃあ、中村先輩は知らないと?」


「…名前は…知っている……。…たしか、……早いらしい……」


 中村先輩も、全国レベルのはずである。


「くそぅ。収穫なしか…」


 ちょっぴり残念がる俺の背中に、ちょんちょん突ついてくる。


「…智君……いいこと…教えてあげる……」


「いいこと?」


「…うん……。…次の土曜日…大会がある…」


 なるほど、そこに行ったら、中村先輩の世界が見えるということか。


 確かに、彼女の事をほとんど知らない俺にとっては、いい機会かもしれない。


 俺は急遽その大会を見に行くことになった。


「ちなみに、佳穂はその大会に出るのか?」


「……出る……多分…」


 ……多分ってなんだよ……。



 俺と佳穂と並んで駅に向かう。


 高校に入ってから、一緒に登校するのは今日が初めてだった。


 きっと、俺が凛と会わないように時間をずらしたが故に、偶然登校時間が重なったのだろう。


 

 ちなみに凛と交換したラインは、一言も会話してないため真っ白である。


 2日間たっても彼女から連絡がないということは、どうやら俺からメッセージを送らないといけないらしい。


 しかし、ほぼ初対面なうえに年上な美少女になんて送ればいいのだろう?


「なぁ、佳穂。なんて送ればいいと思う?」


「……知らない…」


 でしょうね。ダメもとで聞いてみたが予想どうりの答えが返ってきた。


 きっと佳穂にはどうでもいいことなのだろう。


「じゃあ、俺がいろいろ言っていくから、佳穂が凛の立場になって感想を教えてくれないか?」


「…それなら…構わない…」


 いいの?ダメもとで聞いてみたが予想外の答えが返ってきた。


 俺が戸惑っていると、彼女はせかすように条件を出してきた。


「……ただし……3回だけ…」


「意外とケチだな」


 3回となると真剣に考えたほうがよさそうだ。うーん。


 俺は腕を組んで唸る。


 5分後。


「『よろしくお願いします』とか?」


「…なんか……うざい…」


 えぇ……。そうなのか。


 もっと軽い感じでいいのかな。


「『今度一緒にディナーでもいかが?』」


「……キモい…」


 グフッ。強烈な言葉が俺の心に突き刺さる。


 まぁ、さすがに急にご飯誘うのはヤバいか。


「『今、何しているのですか?』」


「……怖い…」


 やめて!ちょっと距離をとって軽蔑のまなざしで見るのはやめて!


「じゃあ、なんて送ればいいんだよ!!」


 ついつい嘆き叫ぶ俺を盛大にスルーし(別にツッコミが欲しいわけではないが)、彼女はおもむろに俺のスマホに手を差し伸べる。


「……貸して…」


 彼女は俺のスマホを奪い、何やら文章を書いて、


 送信ボタンを押した。


「おい!勝手に送るなよ!」


「…これで……完璧…」


 親指をあげ、小さなグッジョブなポーズをとる彼女は、無表情ではあったがどこか満足そうだ。


 俺の人権はないのかな?怖いよ、佳穂さん……。


 帰ってきたスマホにはこう書かれていた。



『月が綺麗ですね』



 えぇ……。


 これあれだよね?夏目漱石風「I Love You」だよね?


 もし凛がこの意味が分かったら……超恥ずかしいじゃん!


 例え意味が分からなくとも、今は月が出てないわけだから……超変人じゃん!


「おい!何やってるんだよ!?」


「……かっこいい…」


 いや、かっこいいけど!俺の気持ちも考えて!


 そう嘆く俺のことなど無視するように既読マークが付く。


 そしてしばらくの間の後……



宵待草よいまちぐさはお好きですか』



 …………は?


「なぁ、佳穂。これはどういう意味だ?」


「……なるほど…」


「え?わかるの!?おい、教えてくれよ!」


「……教えない…」


 なんで?鬼ですか!


 何回も頼んでみたが、結局佳穂は教えてくれなかった。



 その後俺は学校でも宵待草について考えることになる。


 宵待草……、宵待草……。


 草ってついているくらいだから多分植物だろう。しかし、「好きか」と問われたら、うーん。知らないから何とも言えない……。かといって下手に答えたら誤解を生む可能性があるし……。


 ど、どうすればいいんだー!!


 なんだかんだ授業は終わり、放課後になる。


 まったく授業に集中できなかった俺は、今日もしぶしぶ文芸部へと行く。


 誰もいないかと思ったが、珍しいことに部員が一人いた。


「東ティモールパンチ!」


 よくわからない掛け声と共に壁にパンチをしている不審者、否、部員は上田うえだ悠祐ゆうすけ


 俺と同じ1年生男子だ。そして、俺的かかわりたくない人物第1位である。


 ちなみに、さっき彼が発した東ティモールパンチとは彼曰く、「東ティモール人全員のパンチの総合力」分の力があるらしい。意味が分からない。


 彼のことは盛大にスルーし椅子に座る。いちいち突っ込んでいるときりがない。


「無視ってひどくない!?あれ使うのにスタミナ50も使うんだぞ!」


 いや、知らんがな。俺はカバンの中から英語のテキストを取り出し、勉強を始める。かなりストレートに話しかけるなアピールをしたはずだったが、彼には無効だった。


「ライダーパンチ!」


 そう言って俺を殴ってくるのやめてくれない?つーか何それ?


「説明しよう!ライダーパンチとは東ティモール人を一人生贄にすることによって、アメリカ人が一人死ぬ業だ!」


 アメリカ人に何か恨みでもあるの!?


 内心相当驚いたが、ぎりぎり無反応を保つ。無視をし続ければ、さすがに辞めるだろう。


 だが、あまかった。


「上田パンチ!」


 だから、軽く俺を殴るのやめてくれない!?壁にやれよ!つーか何それ?


「説明しよう!」


 さっきから、心が読まれている気がする。大事なところも読んでほしいな。


「上田パンチとは全国の上田(上下の上に田んぼの田と書く人だけ)が1人死に、アメリカ人が1人死ぬ業だ!」


 そんなにアメリカ人に恨みあるの!?とゆうか、さっきから無差別テロやりすぎでは?



 1時間後


 となりでずっと「~パンチ!」って言っていたため、英語の勉強は一切できていない。


 俺の1時間をかえしてほしい。マジで。




「ただいまー」


 家に帰るといつも通り由衣がリビングで勉強している。


「あ、お兄ちゃんおかえりー。どうだった?小百合さんに会った?」


「あーそういえば、小百合先輩の事忘れていたな」


「ええ!?何があったの!?」


「いや、小百合先輩の事を考える余裕がなかったわ」


「なに?そんなにビックなイベントがあったの!?」


 由衣は犬のしっぽのようにポニーテールを揺らしている。ワクワクしすぎだろ!


 けど可愛い!ジャスティス!!……おっと俺はシスコンじゃないぞ?


「ビックなイベントって言うほどではないが……」


 俺は宵待草のことや、ついでに上田悠祐のことも話した。


「ふーん。なるほどねー。というか、お兄ちゃん、『宵待草はお好きですか?』っていわれてどういう意味か分からないの?」


「何なんだ?その『宵待草』っていうのは」


「あ、知らないんだ」


「え?何?常識なの?」


「どちらかというとマイナーかな。凛さんが知っているのが意外なくらい。彼女、もしかしたら、見た目に似ず秀才なのかもしれない……」


「ふーん。で、何なんだよ?早く教えてくれよ」


「『宵待草』っていうのは大正を代表する詩人・竹久たけひさ夢二ゆめじが作詞した作品のひとつで、その中にこんな歌詞があるの。



『待て暮らせど来ぬ人を

 宵待草のやるせなさ

 今宵は月も出ぬそうな』



 ね?わかったでしょ?これは夏目漱石風『I Love You』の返しで有名なフレーズで、一般的に断るときに使うやつ。


 まぁ、つまりお兄ちゃんは


「植物ではなかったのか……」


「ちなみに、宵待草はマツヨイグサの異名だよ」


「へ、へー」


 よく知っているなー。


 凛さんもなんでこんなにハイレベルなことを知っているのだろう?確かに電車の中では本を読んでいたけど、あんまりそういうのは興味なさそうなイメージがある。


 人は見た目によらないということか……。


 マジマジと松田凛のラインを見ていると、まるでタイミングを見計らったかのように彼女からラインが来た。



『今、何しているの?今度ディナーでも行かない?』



 今日一でゾッとした。俺って案外彼女と気が合うかも?


「いいなー、お兄ちゃん。由衣もそのディナー行きたいなー」


「お、マジで?一緒に行く?」


「冗談だよ。冗談!私がいたら邪魔でしょ?それに由衣はお兄ちゃんと2人きりで行きたいし」


「何言ってんだよ。みんなで行くから楽しいんだろ?」


「もう!そういう意味じゃないの!お兄ちゃんのバカ!」


「???」


 なぜか怒る妹。なんか俺、変なこと言った?


 疑問に思いながらも、俺は凛に返信する。



『ぜひ!行かせてください!』



 5秒後


『OK!じゃあ、土曜日に西泉にしいずみ駅に集合ね!』



 また、一つ楽しみが増えた。


 土曜日は水泳大会を見に行き、凛とディナーか。平和に終わればいいのだが……。


 


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