第4話

 何もかもが裏切られた気持ちで学校に行き、茫然と授業を受けた俺は、放課後、あまり気乗りしないが文芸部へと行く。


 文芸部は週に2日、火曜日と木曜日に部室に集まり、個人の創作活動や、小説についての話し合いと称した雑談などをする。


 俺が入部した当時、いい加減なことにまだ今年度の部長が決まっておらず、しばらくは文芸部部長のなすりあいがあったが、俺がいろいろと文芸部のダメなところを愚痴っていたら、


「じゃあ、お前が部長やれや」という、意味の分からない流れで、1年生なのに俺が部長をやらされる羽目になった。


 正直、もう家に帰りたい。しかし、部長だから行かないわけにはいかない。


 せめて、相談に乗ってくれそうな優しい先輩がいればな……。


 残念ながら文芸部にはそんな先輩はいない。というか、あまり部員が来ない。


 案の定、部室には誰もいなかった。たぶん1時間待っても誰も来ない。ねぇ、家に帰ってよくない?


 そんなことを考えながら、部室の真ん中にある長机にカバンを置く。


 ふと机の上に紙があることに気が付いた。きれいな文字で「浅野君へ」と書いてある。


 俺のことを浅野君と呼ぶ文芸部員は、中村なかむら小百合さゆり先輩しかいないので、きっと彼女からであろう。



 置手紙かな?今時珍しいなと思いながら、裏をめくってみる。



「屋上に来て。大事な話があるから。 小百合」



 な、なぜ倒置法?じゃなくて。な、なぜ屋上!?しかも大事な話!?嫌な予感しかしねぇ。


 放課後の学校の屋上で大事な話って“アレ”しかないよ!!タイミング悪すぎない!?今日の朝告白したばっかりだぞ!


 もうはっきり言おう。これって「」だよね!?


 あ、気になっているであろうから説明しておくけど、中村先輩っていうのは俺の1つ上の先輩、つまり高2の女子。


 文芸部では数少ない女性部員なんだけど、あの天下の水泳部と掛け持ちのため、めったに、いや、ミーティングの時にしか顔を出さない。


 どうやら、文芸部が毎年出している冊子の表紙の絵を描いてくれているらしい。


 俺はしぶしぶ屋上へと向かう。ちなみに俺の高校は常時屋上を開放している。


 なぜかは知らん。ずっと前からそうらしい。


 屋上の扉を開けると、中村先輩は手すりにもたれかかり夕暮れを見ていた。


 先輩自慢のツインテールが風で静かに揺れている。


 彼女は俺が来たのに気が付くと、嬉しそうに笑いながら手を振った。


「おーい、浅野君、こっちこっち。君にしては意外と早いじゃないかー」


 とても今から告白するように見えない。


 あれ?もしかして告白ではないの?俺の思い上がり?


 中村先輩は相変わらずニコニコとしている。


 これが彼女の魅力なんだろうなと単純に思った。その笑顔で何人の男を虜にしたのだろう……。


「急に呼び出して悪いな。事前に知らせとけばよかったのだが、どうも部のほうが合わなくて、予定があいまいなんだよ」


「はぁ、別にいいんですが」


 中村先輩は水泳部のエースで、練習でとても忙しい。聞いた所によると、彼女の競泳の腕前は全国レベルらしい。


「そんで、俺に用って何ですか?」


「まぁまぁ、そんなにあわてんな。ちょっと1つ2つ質問に答えてくれないか」


「……構いませんが……」


「じゃあ、まず最初の質問」


 そういって先輩は人差し指で1を作る。


「今、浅野君には彼女はいるのか?」


 ん?なんでこんなこと聞くんだ?告白じゃないよな?


「いませんけど。こ、これは……」


「ちょ、ちょっと黙っといてくれないか。今大事なところなんだ」


 えぇ……。


「じゃ、2つ目の質問」


 今度はVサインを作る。


「そうだな……、今、好きな人はいるか?」


「!?」


 完全にこれ、この後告白くるパターンだよね!?


 というか、この人よくもこんなに堂々と恥ずかしい質問できるもんだな。


 度胸が据わっているというか、天然だというのか……。


「い、いますけど……」


「やっぱりいないよな…え!?いるの!?」


 そんなに驚かれるの!?どんな偏見だよ。


 さすがの中村先輩でも目を白黒させている。


 そりゃ、今から告白しようという男の子に好きな人がいるとわかったら困惑するわな。


 というか、なんでそんな質問したんだろう?


 先輩はしばらく考え込んでいたが、ふと何かに気が付いたように嬉しそうに


「それは、もしや私では!?」


「いや、違いますけど……」


「…………………」

「…………………」


「ち、ちなみに誰なんだ?」


「教えませんよ!そんなこと!」


「そ、そうか。じゃあ、私はこれで失礼する」


 そういって先輩は扉に向かって歩いていく。


 まぁ、さすがにこの状況で告白はしないわな。うん。


 しばらく、トボトボと寂しそうに歩く先輩の背中を見つめていると、先輩はふと何かに気が付いたように振り返った。


「そういえば言い忘れていたが、私は君のことが好きだ。大好きでたまらないんだ。付き合ってほしいと思っている。返事は1週間以内に頼む」


 いや、忘れたらいけないでしょ!


 しかし、いつもと変わらずクールに言った告白は、俺の心の何かを変えた。


 揺らぎというのか乱れというのか、運命が大きく変わった気がした。


 そして彼女は今度こそ扉の奥に消えていった。

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