ここにいる

 放課後の教室は西日の差し込む茜色に染まっていた。

 私は、座り慣れた自分の席についたまま、暮れていく世界の美しさに目もくれず、手元のスマートフォンに意識を向けた。木製の固い背もたれの感触が、私と社会との乖離を象徴しているような気がして、背中にむやみな違和感が走った。

 スマートフォンのガラス面はどうしようもなくなめらかで、その向こうに広がるCGの世界では、私の分身たるキャラクターが架空の街を走っていた。

「聞いているの?これはあなたのためを思って言っているのよ」

 担任のけいこ先生が、私の目の前に立って、あきれたようにため息をついた。

「今がんばらなきゃいけないのよ。人生はね、取り返しがつかないことだってあるの、後から後悔したって遅いんだから」

 けいこ先生のことはキライじゃない。他のどの先生よりも親身になってくれるところなんて、尊敬しているし、信頼もしている。けれど、だからといって素直に話を聞くことができるかどうかは、別の問題だった。

「知ってるよ、先生。人生なんてゲームと一緒だもの。そう、つまり、セーブポイントがなくて、裏技もなくて、時間制限のあるクソゲーでしょ」

 先生のため息が大きくなった。けれど、私は顔をあげることはできなくて、目の前のスマートフォンに指を走らせ続けていた。画面の向こう側の世界には、私のアバターであるキャラクターがいて、この指ひとつで思うように動いてくれた。それは、現実から逃れたい私の理想の姿で、同時に私の理想の世界で、そのなめらかなガラス面にどれほど指を押し当てても、なぜか、その「私」には触れられる気がしなかった。

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