つつがなしや
錯乱する谷山あおいの細い体を抱きとめて。
そのしなやかな輪郭の弱々しさに、振りほどかれた黒髪のつややかさに、この上ない美しさがたしかに存在するということを思い知った。
それは鋭い初夏の日差しと、瑞々しいつつじの香る午後の一幕だった。
純潔の白を誇らしげにして、まぶしく光る花弁の群れは、彼女の目と鼻の先で恥じらうことも知らず咲き乱れていた。その清々しさ、たおやかさが、我を失った谷山あおいの狂おしい美しさと相まって、私の心をひどく打った。
「たとえばそれはこの世の末、すべての終わりのときを見ているかのように儚く、とても信じることなどできようがない」
まぶしい陽光に照らされた彼女と、彼女を囲うつつじの群れは、目を細めても淡く輝いてはっきりと見ることはできなかった。白く浮かび上がる彼女の笑顔は、やはり儚くて、まさに彼女そのもののようだと思った。
彼女をここに至らしめた全容を私は知らない。両親のことも、かつての友人たちのことも、まして古河の地に根ずく古い風習のことなんて、知る由もない。しかし18歳の少女がその心を狂わせるに十分足りる原因が、ここにはあるはずなのだ。
「ねえ、あおい。必ずそれを見つけ出して、あなたを元に戻してみせるよ。そしてまた一緒に、カフェへ行ったり、音楽を聴いたり、大学で過ごしたり、たくさんおしゃべりをしよう。約束だよ」
手でひさしをつくりながら、声にして私は誓った。
不意に彼女はこちらを振り返って、にっこりと笑った。
「かなこぉ」
甘くよどんだ声で。私のよく知る彼女の声よりもだいぶ幼く感じる声で、あおいは私を呼んだ。
「かなこぉ、つにのわ、かがりとじていに」
そう言って差し出された手には、透きとおるような白をたたえるつつじの一輪が、ちょこんと載せられていた。
「くくちかにみくいなて、にいかなこ」
「うん、ありがとう、あおい」
私はその小さな花を受け取ると、でき得る精一杯で微笑んだ。
残念ながら今の彼女の言葉は、ひとつとして私にはわからない。かつて、とても分かりやすい言葉で話した彼女の口からは、まるで意味をなさない音の羅列が漏れるばかりだった。
それがとても悲しくて、そしてとても愛おしくて、受け取ったつつじの白さを心の底から呪ってやりたいと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます