うすくれない

 湖面に映る桜の薄紅に、私は少しだけ恥ずかしくなってしまい、とても顔を上げることなんてできそうになかった。

 3月の終わりの強い風は、別れの悲しみを空へ吹き上げては、澄んだ空気のその向こうに、新たな期待の姿を浮かび上がらせていた。

 まるでそれは、桜がつぼみをつけるように。

 静かに春が訪れるように。

 

 大学生になるこのタイミングで、私は生まれた土地を離れる決心をした。そうしようとはじめから心に決めて志望校を選んだ。住みなれた都会から、どうしても距離を置きたかったのだ。

「べつにあの街がキライというわけではない。便利で住みやすい都会の生活は、とても居心地が良かったと思う。けれど、これ以上住むことはできないって確信的に思ってしまったんだ。明確な理由なんてなく、ただ感じるままに、まるでコップの水が溢れ出てしまうように」


 眼前には大きな湖が広がっていて、その周りには連なる桜並木があった。

 その桜の薄紅は水面に揺らめいて、やはりそれは、未来に期待する今の私そのものに見えて、

 ほほに触れる暖かさに、心地よい春のにおいがした。

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