その空のはなし

 いつのまにか夕焼けは広がって、私の空は赤く染まっていた。浮かんでいる雲のコントラストがとてもきれいで、夕立の来る気配なんて微塵もなかった。

 八月八日の、特別に暑い日だった。

 首筋をつたう汗がTシャツに滲んで、その白い布地は少しだけ透けて肌の色に変わっていた。私はそれが恥ずかしくて、隣を行く彼の三歩後ろを歩きながら、いつ声を掛けようかと両手の指を絡ませていた。

 八月八日の、特別な一日だった。

 私の淡い想いを伝えられる、初めての夏だった。

 決心は固く、練習もして、今年一番かわいい服を選んだつもりだった。

 それなのに。

 空があまりに赤く染まっていて、私の心ももう真っ赤で、言うはずのセリフはその先に溶けて消えた。

 決心は揺らいで、練習はひとつも思い出せなくて、選んだ服は透けていた。

 もう、最悪だった。きっと神様が、今日はよくない日だと言っているんだ。そう思うしかなかった。テレビの星座占いは五位だったし、雑誌の占いは八位だった。神社のおみくじは小吉で、今朝の目玉焼きの黄身は割れていた。

 そんな日が、特別なはずないのだから。


 不意に彼が立ち止まった。

「きれいだね、こんな空が見られるなんて、やっぱり今日は出掛けてよかったね」

 そう言って、真っ赤な空を指さした。私は小さくうなずくのが精いっぱいで、彼の顔をそっと見つめた。微笑んだその顔は私のよく知っている顔だったけれど、いつもより赤く染まっていて、まるで私の胸の中とおんなじ、真っ赤な空のように見えた。それはとても切なくて、なんだか恥ずかしくて。

 練習で考えたセリフは、あいかわらずひとつも思い出せなかったけれど、

「わたしね、いま、この空みたいな気持ちなんだよ」

 そのひとことが、口からこぼれた。

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