そして真夏の花火は消えた

 ひとりになってしまった夜のことを、話してもいいだろうか。

 きっとあなたにとって、ひとつも有益ではないし、心を癒すような、楽しませるような物語でもない。だから、真剣に聞いてほしいなんておこがましいことをお願いはしない。

「ただ風に揺れる緑の、さらさらという葉音のひとつとでも思ってもらえたらいい」

 そんな、どうしようもない私の、夜のこと。


 この街に住み始めて、二回目の夏祭りだった。

 遠く花火の音が響いて、窓の外に目を向けた。散っていく花びらの光が、夜の闇に溶けてするりと消えた。まるで、さっきまで向かいに座っていたはずの藤田那歩のように、ごく自然に、私の目の前からなくなった。

 那歩とは女子高時代からの友人で、同じ大学へ進学して、ルームシェアのような形でこの部屋に一緒に住んでいた。食べ物から音楽の好みまでよく似ていたから、私たちはまるで姉妹のように、歳の同じ姉妹のように、お互いを特別なもののように大切にして、暮らした。

 間違えてしまうまで。


 はじめに、大切の意味をはき違えてしまったのは、私だ。家族のように大切だった那歩のことを、それ以上に大切に思ってしまった。姉妹のように愛していた彼女のことを、姉妹以上に恋してしまった。

 それはどうしようもない袋小路の幕開けで、私の地獄のはじまりだった。

 恋をしてはいけない相手に、恋をしてしまったら、もうどこにも行きようなんてない。それを失ったら、もう生きようなんてないのだ。

 私の気持ちに気づいた彼女は、どうにかしてそれを受け止めようとして、悩み苦しんで、なんとか心を保ちながら私のそばにいてくれようとした。

「あなたのことが大切だから」

 そう言って私の手を取った。私は彼女のそんな気持ちがとてもうれしくて、より深く想いをつのらせた。でも、彼女の手を握り返しながら、私はすでに気づいていた。

 ああ、那歩も、大切の意味をはき違えてしまったのだ、と。

 壊れていく私たちのことを、申し訳ないけれど、深く語ることはできない。ただ、私たちは間違えて、それ以上にさらに間違えて、もう手をつなぐことはできなくなった。家族にも、恋人にもなれない二人の、挙句の果てに行き着いてしまった。

 二回目の夏祭りの日

「あなたのことが、大切だったのに」

 そう言って、彼女は私を抱きしめて、もう目も合わせなかった。

 私も、大切だったんだよ。そんな言葉は喉の奥にのみこんで、私はただ頷いた。遠くから響く花火の音と、目の前のドアを閉める音が重なって、私は彼女が出ていく姿を見逃した。

 夜の闇は花火を溶かしながら、私の前から彼女のことも溶かしてしまった。

 いや、違う。私が彼女を「まるであの花火のように、」


 ひとりになって思うことがある。

 想いはひらいた瞬間、とても美しい。目に焼き付くほど、美しく輝いて

「あっけなく、残酷に、闇へのまれてなくなるんだ」

 そんなどうしようもない私と、真夏の花火のこと。

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