月はあこがれに焦がれて

 月明かりを頼りに歩く夜ほど、心もとないものはない。

 私を薄く照らす青い光は、決して華やかな場所へといざなってはくれないのだ。

「信じていた。まるで光に誘われるカゲロウのように。いつかは私も望んでいた美しい舞台に立てるのだと」

 けれども、どれだけ手を伸ばしても、届きはしない。


 昨日からの雨は、すでにあがっていた。大粒の雫をおとしていた厚い雲は、すっかり姿を消していて、べた塗されたような夜の黒に、弓張月が不自然に張り付いていた。半分こになったその姿を、私はとても見ていられなくて、視線を足元へおとした。

「ねえ、どうしたらいい。本当の天才が目の前に現れてしまったら。自分の最後の砦だったところに、どうしても太刀打ちのできない天才が、現れてしまったら」

 弱々しい月の光が、まだ湿り気の残るアスファルトの上に、薄らとした私の影を作っていた。

「どこまで歩いても、同じなのかもしれない。月の光はいつだって、太陽の反射でしかないのだから」


 私はその場に立ちすくんだ。もうどこにも当てがない。どこへも届かない。そう思った。

 足元の影は少しずつ傾き、その姿を細く長く変えていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る