あたしがダメって言ったらダメなの。
「ねえ、ピクニックに行かない?」
「え?」
朝、珍しく早起きしたフィランと一緒に朝食をとっていると、急にそんなことを言いだしたフィランにメンシュは目を丸くする。
「だから、ピクニックに行かない?」
「どうして急に言い出したんですか?」
「思いつき。」
「いつも通り意味の分からない回答ですね。」
メンシュはそう言うと、朝食をさっさと食べて立ち上がってしまう。
それを拒否と受け取ったフィランは慌てる。
すぐに「いいですよ」と言われると考えるほうが不思議だと思うが。
「ちょ、ちょっと待って!話を最後まで聞いてっ!」
「聞くつもりですが、サンドイッチ作りながらでもいいですか?
急なことで時間が惜しいので。」
「へ?サンドイッチ?え?」
「何かおかしいですか?」
明らかに噛み合っていない会話に、フィランの頭には疑問符が浮かぶ。
暫くフィランは固まっていたが、やがて一つの結論に達した。
「もしかして、行く前提で話してますか?」
「そうですけど?なにかまずかったですか?」
「いや!なにもまずくないよ!」
メンシュの言葉を聞いて一気に元気になったフィランは、大きくガッツポーズをする。
そこまでしてピクニックに行きたかったのか。この少女は。
「ねえねえ、なんのサンドイッチにするの?」
「ベーコンエッグとか、ジャムとかですね。」
「クランベリージャムは?」
「ああ、そう言えば好きでしたね。いいですよ。」
「やった!」
メンシュと一緒に出掛けられるうえに、好きなものが食べられるということにますますフィランのテンションが上がる。
単純なものだ。
「あそこ、ブーゲンの丘。あそこいいんじゃない?」
「ああ、確かにあそこで寝たら気持ちがよさそうですね。そこにしましょうか。」
メンシュはパンの耳を切り落としながらそう言うと、顔を上げてフィランの方を見る。
「フィランさんは、出かける準備をお願いできますか?」
「了解っ!」
フィランはそう言うと、ルンルンと鼻歌を歌いながら階段を上がっていく。
メンシュはその姿を視界の端にとらえながら、手早くサンドイッチを作る。
もはや、熟練の技だ。
できあがったサンドイッチをいい感じの箱に詰めると、チェック柄の布で包む。
そしてそれを手提げ袋の中に入れると、敷物などそのほか必要になりそうなものを入れる。
ちょうど全てを入れ終わったときに鞄を持ったフィランが二階から降りてきた。
「準備出来たよ!」
元気にそう言うフィランに、メンシュはそれほど楽しみなのかと苦笑する。
まさか普通学校(注:日本でいうところの小・中学校のこと。基本的に、平民はここから進学をせずに就職する)を終えた年になった人がピクニックでこれほどはしゃぐとは思っていなかった。
「僕もいま終わったところです。では、行きましょうか。」
メンシュはそう言うと、手提げ袋を持って頷いた。
ブーゲンの丘は町から少し離れたところにあり綺麗な花が咲き誇るので、春のこの時期は町の人がよく遊びに来る場所だった。
とはいっても、さすがに平日の昼間からここに来る人はいないのだが。
メンシュとフィランの二人はその丘の一番高いところよりも少し下に布を敷く。
「いや~、いい天気だねぇ。」
「そうですね、花も綺麗ですし。来て正解でした。」
メンシュは気持ちよさそうにしながらフィランの言葉に同意すると、ぼんやりと景色を眺める。
手前には綺麗な花、奥には二人が住むレーツェルの町と澄んだ湖が見え、まさに絵に描いたかのような景色が広がっていた。
「しかし、こうも気持ちがいい天気だとさすがに眠くなりますね。」
ふわぁと欠伸をしてからそう言うメンシュを見たフィランは、自分の膝を叩いて、
「じゃあ、あたしの膝使ってもいいよ?」
と言った。
その発言を聞いたメンシュは一瞬フリーズしたあと、首を横に振る。
「それではフィランさんの膝がしびれてしまうでしょう?」
「大丈夫大丈夫。しびれたら回復魔法使えばいいし。」
「それはそうですけど。」
「ね?なんの問題もないんだし、ここは大人しくあたしの膝使って寝ちゃったら?」
フィランの前で寝ることに抵抗があるメンシュだが、フィランはそんなことも知らずにさらに自分の膝を枕にすることを勧める。
その理由に『メンシュの寝顔を見たい』という欲に塗れた願望があることはメンシュの知らぬ話だ。
まぁ、知っていたところで別にどうもしないのがメンシュなのだが。
「ですが、さすがにそれは。ほら、他にも人がいますし。」
「大丈夫だって。誰も気にしないよ。」
「そう言うことじゃないんですけどね。」
どうしても膝枕されるのに抵抗を感じるメンシュはどうにか膝枕を回避しようと試みるが、いつにもまして押しが強いフィランに押され気味になる。
「ほらほら、遠慮しなくていいから、ね?」
「いやいや、遠慮しますよ。」
「ほら、変な意地張ってないで。」
「意地ではないのですが。って、え?」
急に自分へ向けて両手を伸ばしてきたフィランのせいで、メンシュは思わず変な声を出してしまう。
そうしている間にフィランの両手はメンシュの頭をばっちり確保し、強制的に膝の上に寝かせる。
一瞬、状況が理解できなかったメンシュだが、現状を把握すると苦笑した。
「あ、あの~、強制は良くないと思うんですよ。」
「女性が自分の膝を貸してあげるって言ってるんだから断らないの。」
「すごい理屈ですね。」
メンシュはそう言うと一切の抵抗は無駄だと諦めて体から力を抜く。
フィランはそれを感じて勝ち誇った表情をする。
若干趣旨が変わった気もしたが、それは関係のない事だ。
結局フィランが得をしただけなのだから。
「いっつも働いているんだからたまにはしっかり寝なきゃ。」
「しっかり寝てますよ。」
「あたしがダメって言ったらダメなの。」
「はいはい、わかりましたよ。」
メンシュは諦めたようにそう言うと目を閉じて頭の位置を少し調整する。
それが少しくすぐったかったフィランは、小さく「んっ」と声を出す。
「昼食の時間になったら起こしてくださいね。」
「了解!おやすみなさい。」
「はい。おやすみなさい。」
メンシュはそう言った瞬間自分に簡易的な催眠魔法を使い、すやぁと眠りにつく。
それはいつまでも後頭部にフィランの温度を感じるのは色々な意味でまずいと判断したためなのだが、フィランはメンシュが魔法を使ったことにすら気が付いておらず、ただ疲れていたのだと認識した。
フィランはメンシュがちゃんと寝ていることを確認した後、メンシュの頭に手を伸ばすが、起こしてしまうのではないかと考えてさわるかどうか迷う。
だが結局は目の前にある
思った以上に硬かったメンシュの髪をしっかりと感じることができるように、フィランはゆっくりと、何度も何度もメンシュの髪を撫でる。
「気持ちよさそうに寝るなぁ。」
フィランはそう呟くと、少し悪戯心が出たのかメンシュの頬をツンッとつついてみる。
すると、メンシュの表情が一瞬むっとしたものに変わったのでフィランはひやひやするが、結局メンシュは起きなかったのでフィランは胸をなでおろした。
「危ない危ない。気をつけないと。」
フィランはそう言うと、慎重に慎重に無抵抗のメンシュを撫で続けた。
ちなみに、メンシュが起こされたのは太陽が少し下がり始めた頃だったという。
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