な、何の話だったんだ?




メンシュは白い複数の銅像の前に立って両目を閉じ、ネックレスを握りしめていた。

そこにはフィランによる美しいピアノの演奏も響いており、ステンドグラスから入る光もあいまって幻想的な空間を作り出している。

週に一度の礼拝の日である今日は、広い祈りの間に入り切らないほどの人数が教会を訪れており、皆両手を合わせて祈りを捧げていた。


「神はこうおっしゃいました。『世界は我々のものではない、だからこそ人々は協力しなければいけない』と。」


メンシュはゆっくりと目を開けながらそう言うと、ネックレスにキスを落とす。


「本日の礼拝はこれで終了とさせていただきます。本日も、ありがとうございました。」


目の前の蝋燭を吹き消したメンシュはそう言うとくるりと向きを変え、祈りを捧げていた人々へ深くお辞儀をする。

すると、祈りを捧げていた人々はそれを合図にして行動を始めた。

さっさと家に帰る人、同年代で集まって話をする人、話しながら帰る人など様々な人が集まる中、片づけをするメンシュとフィランに男の子が話しかけてくる。


「ねえねえ、司者様、フィラン様。」

「どうされました?」


作業をしていた二人は手を止めて話しかけてきた男の子の方を見る。

すると男の子は純粋な目で二人を見つめ、子供だからできる純粋な質問をした。


「二人は、恋人なの?」


その発言は、周りにいたご婦人方やフィランを硬直させるには十分な威力を持っていた。

子供とは本当に恐ろしい。


メンシュは何故みんなが固まったのかを理解できなかったが、子供の純粋な質問に答えるべく真実を言ってしまう。


「いや、僕たちは恋人ではありませんよ。」

「でも、お母さんたち言ってたよ?二人はいつ結婚するのかなって。」

「特に結婚する予定はないですよ。」


メンシュの回答に、周りのご婦人方やその付き添いで残っていた男性たちは、気の毒そうな視線をフィランに向けた。

視線を向けられているフィランは、「こ、恋人って、そ、そんな。」と顔を赤くして呟いており、メンシュの残念過ぎる発言は聞いていなかったようだ。

ある意味、幸せかもしれない。


「う、うちの子がすいません!」


自分の息子の奇行にショックを受けフリーズしていた母親がやっと再起動し、そう言いながら男の子をひょいっと持ち上げる。


「いえいえ。二人でいることが多いですからね、勘違いするのも無理はありません。」


勘違いした理由は絶対にそこではない。

そんな周りの大人たちの心の声はメンシュには全く伝わらない。

まあ、察することができるような人物であればフィランの気持ちに気が付かない筈がないのだが。


「い、いえ!フィランさんに申し訳ないんです!」

「ああ、フィランさんにですか。でも、フィランさんも気にしないと思いますよ。ねえ、フィランさん。

 ……フィランさん?」

「ひゃい!」


意識が妄想の世界へトリップしていたフィランは、急に話しかけられて変な声を漏らしてしまう。

暫くその状態で固まっていたのだが、今自分が出した声と先程まで考えていたことの内容に恥ずかしくなり、顔を真っ赤にする。


「どうしましたか?顔が赤いですよ?」

「な、なんでもないです!そ、それでどういった内容でした?」

「僕たちが付き合っていると勘違いしたことをフィランさんも気にしてませんよね?という話です。」

「そ、そうですね!全然気にしてませんよ!だ、大丈夫です!」


誤魔化すようにそう笑うフィランだが、その顔は相変わらず真っ赤だった。

その理由が分からないメンシュは首を傾げると、フィランに近づいてその白い前髪を手で上げる。

「え?」とフィランが言ったのとほぼ同時に、メンシュは自分の額とフィランの額をぴたりとくっつけた。

もしかしたら、メンシュはフィランに熱がある可能性を考えたのかもしれない。

二人の息が触れ合ってしまいそうな距離に、フィランは思考が全く追いつかなくなってしまう。


「ふわぁ。」


そんな変な声を漏らして、フィランは意識を手放す。

原因は、脳の処理が追い付かなくなったことと、発熱機能が過剰に働いたことによる熱暴走オーバーヒートだろう。

一気に体の力が抜けたフィランにメンシュは慌てる。

咄嗟にフィランを抱きしめることで体を地面に打ち付けるのを防ぐと、その体制のまま混乱してしまった。

まぁ、急に人が倒れたら誰でも混乱する。


「え?え?

 フィランさん?フィランさーん?


 え?え?」


尋常じゃないくらい動揺しているメンシュは、異常に「え?」を連呼してしまう。


「フィランさん?」

「あー、メンシュさんのせいだわ。」

「フィランさん可愛そう。」

「ちょ!僕のせいってどういうことですか?」


心当たりのない言葉に、メンシュはツッコミを入れる。

しかし、それのおかげでいくらか冷静さを取り戻せたメンシュは魔法で彼女の体を一瞬浮かせ、俗に言うお姫様抱っこのようにしたあと長椅子に寝かせた。

もし自分が気絶している間に一瞬でもお姫様抱っこされたとフィランが知ればどうなるかは容易に想像できるが、それをわざわざ教える人は恐らくいないだろう。

また倒れられても面倒だ。

「それじゃあ、あとはごゆっくり~。」

「司者様、もっと欲望を持って生きてもいいんですよ?」

「女心を学ぶのも重要ですからね~。」


奥様方は好き放題言うと、あたふたするメンシュを置いてさっさと帰ってしまう。

それに続いて、付き添いで残っていた男たちも帰ってしまったため、先程まで騒がしかった祈りの間は急に静かになった。


「な、何の話だったんだ?」


メンシュはそう呟くと、フィランに回復魔法をかけ始めた。


彼女が目覚めたときの反応は、ご想像にお任せする。





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