EsクラリネットーⅤ

 何日か前、心太くんは言いました。『もっくんはパワー型じゃないので、戦闘よりも隠密系の方が得意なんです』と。

 意識が戻ったら前言撤回してもらいたい。


 鬼のように強いわ。


 まず、躊躇無く小さな女の子を蹴り飛ばした。小さな体がガラクタの中に沈む。

そのままミキちゃんを抱えてこちらに飛び退いた。



「…………息は、ある」

「かエシて!!」


 パンパンパン!!と空気という空気が破裂して、衝撃が生まれる。あ、手に当たった、ってうわ痛あああああ!!


「………」

「ん?」


 イナリが頭にはっぴを掛けてくれた。え、優しい…。


「お荷物増えても困るんだよ」

「あ、はい」


 そんなことを話してる間に、女の子がガラクタの中から飛び上がった。

 そのままもっくんに掴みかかる。


「トらなイデ、みきちゃんしカいなイノ!」

「何がだ…殺す相手がか」

「ちガう…!!チガウ!!!」

「現に今、死にかけてるんだぞ…!」


 2人が激しく打ち合う。目にも止まらないくらいのスピードで。


「すコシでよかッタの!もライかタが、わからナカったダけ…!」


 ドン!ともっくんが少女―『Es《エス》クラリネット』を壁に押さえつけた。


「『本体』はどこだ」

「しらナい」

「……?知らないわけ」「だっテ」


「…だレもわたシをほしガラなかっタ」


 本体って、Esクラ本体のこと?『欲しがらなかった』?

 そして、『Esクラ』の悲しそうな呟きが聞こえた。


「ワカっテるの、みンナからシタラ、ぜっタイにひつヨうながっきじゃナイってこトくらイ」

「…………」

「しんコウしゃにかワッたトキ……わスレられテ、おいテいかレタの」

「………………ふん…」

「みじメデしょ」

「………お前の……言う通り、だ」


 殺気が消える。もっくんの逆立った髪がふわりと落ち着いた。

 そのままゆっくり優しく、ら『Esクラ』を床に下ろした。

 信じられないくらい軽い音しかしなかった。


「…別に、おれたちが…マイナー楽器が…居なくても回っていく楽団バンドは多い。代わりの楽器はたくさんいる」

「………ね、そウでシょ?」

「けど、心太はおれを選んでくれた。だから、おれは一生心太を守ると決めた」

「……わたしも、だれカと、そうなりタいだけだったのに」


 静かに、静かに、『Esクラ』の暴走が収まっていくのが私にもわかった。膝の上のミキちゃんの顔を見ると、頬に少しだけ赤みが戻ってきていた。


「まだ間に合う。…それに、おれたちにしか出来ないこともあるから、おれたちは存在するんだ」

「ほんと?」

「…おれは、嘘はつかない。……とりあえず、寝ろ。……今の…お前には、休息が…必要だ」

「ねムい…?あ、ほんとだ。ひさしぶり…」


 言い終わるか終わらないかといううちに、『Esクラ』は目を閉じてしまった。


「も…もっくん、すご」


 バタン!!

 今度はもっくんが倒れた。

 待って待ってなんで。なんで!!!


「寝てるぞ、コイツ」


様子を見に行ったイナリはそう言った。


「限界ってやつか?」


 ああ私も駆け寄りたいけど心太くん&ミキちゃんon私の膝!!というか、もっくんーーもっくんまで倒れたら私たちどうすればいいのー!!


 そのとき、閉め切られたドアの向こうからとてもとても不穏な声がした。

 これ以上厄介事を持ち込まないで欲しいのだけれど、こんな声が聞こえてきた。


『――こちら対魂楽器ソーリント特殊部隊、許可証を持たない魂楽器の暴走を感知した場所に到着しました。はい、いつでも突入可能です』


 待って。なにそれ。いや、ちょ、まっ!!!!


『はい。了解―――突入!』


 私の(心の)抵抗虚しく、大量の黒い特殊部隊員が狭い部屋になだれ込んできた。ぎゃおう。

 慌てて心太くんとミキちゃんを抱え、黒い波に流されて倒れ込む私。そしてそのときに気づいた。

 静まり返った、荒らされた部屋。床に死体の如く(たぶん私も入れて)横たわる5人。そんな部屋の中央に無傷で君臨する美少年。

 あー、これアカンやつ。

 イナリが吸魂楽器アンソーリントにしか見えないやつ。

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