EsクラリネットーⅣ
「…へんなにんげん。わたしはあなたをくるしめたりしてないのに。ね、みきちゃん」
「……うん、そうだね。あ…あのね、やっぱり私もう帰らないと…喉乾いたし、お腹すいちゃったし、パパもママも心配してると思」
「だめ!!!」
「きゃ…」
ガタン!と少女の声に呼応するように、物置のガラクタが崩れた。
「やだ、もうひとりはいやなの。みきちゃんしかわたしをみつけてくれなかったんだもん」
「…うん、ごめんね。けどまた会いに来るから、ね?」
「………」
「…?」
俯いた少女のアシンメトリーな前髪から、大きな瞳が覗く。その色が、赤くなった。
「わたしもおなかすいた」
「え……」
「いっしょにいてくれないならいいや。ねぇみきちゃん、――たべさせて?」
「ひっ…!!」
カシャンと軽い音を立てて、ミキの丸メガネが床に落ちた。
*✻*
「………なんだ、この感じ…」
「ん?どうしたの、イナリ」
「…頭がザワつく」
突然、もっくんが弾かれたように顔を上げた。
「………
「え…?」
その瞬間、空気が重たくなった。
何これ、息を吸うのも苦しい。なんか、誰かが、私を引っ張ってる、ような。
「…か、……すか?」
視界がぼやけた。暗くなる。気持ち悪い。酸っぱいものがせり上がってくる。頭がガンガンする。なに、やだ、誰か。助け
「あすか!」
「いだだだだだ!!!」
イナリが私のほっぺをギリギリとつまみ上げていた。あれ、私いつの間に座ったんだろ。
「しっかりしろ!!」
「…え…?なに今の」
「…………………この先で、
もっくんは心太くんを抱え込んだまま説明してくれた。けど、どこか機械的な説明で、余計に私の恐怖心は煽られてしまった。
「あすかさん、イナリくんのことだけ考えて下さい。『乗り換え』させられますよ」
「え、やだ!!」
脳内をイナリで埋める?ふっふっふ楽勝!!あーまず本体からもうキレイなんだよねおじーちゃんにもらったアンティーク系だったんだけどちょっと凝った模様がロータリーに彫ってあるし、それが人型になった時は革靴に彫り込まれてるのよそれがもうホント素敵。しんどい。それに人型は言うまでもなく天使ですし?世界中探してもここまでの美少年いないと思うんですよあとなんかいい心做しか匂いす
「あすか、もういい」
「えっ」
「キモイ」
「私の心読めるの……?」
「…ニヤけてるのが、あ、キモイな、って……」
「マジレスかい」
「それに、もう大丈夫だろ」
確かに、さっきまでの息苦しさは無くなってた。
「そのまま心を保ってください…
「い、行くの?」
「今ならまだ、止められるかもしれません。それに、突然の
心太くんは私の声が聞こえてるような聞こえてないような返事をした。心配だなぁ…。
*✻*
旧校舎、2階、突き当たりの音楽準備室。
そこから、異様な気配がしていた。重苦しく、ドロドロして、空気そのものが意識を持って纏わりついてくるような。
「ここですね」
「え…どうするの、危ないよね?様子見る?」
「失礼します!!」ガララッ!と古ぼけた扉を開く。
「えええぇ!!」
ああそうだこの子聞こえてないんだった!
「の、のもり、く」
「…!」
私たちの目に映ったのは、6歳くらいの女の子に首を締められ、床に押さえつけられているミキちゃんだった。
「だれ」
「っ…ミキちゃんから離れてください!」
「あ、おにいちゃん、さっきのへんなにんげんね」
顔を上げた女の子の大きな瞳は…なにあれ、ドス黒い赤色だ。
それに気づいてか気づかずにか、心太くんは2人に駆け寄った。ザクロのような、血のような赤色に、心太くんが映りこんだ。
「じゃましないで」
パンッと破裂音がして、心太くんが吹っ飛ばされた。
えええぇ何あの子!!!!
すごい勢いでもっくんが受け止めに行ってくれたけど、心太くんの後ろにはガラスの扉の棚があった。
「………………心太、おい心太」
「え?」
「しっかりしろ心太!!」
あまりにも一瞬で、あっけなかった。心太くんは気絶していたのだ。
「えっとね、なんだっけ。あ、そウそう。のうしんトうってやツ。わたしにんゲんをあれニできるみタいなノ」
女の子の声が、不自然に無機質になった。瞳孔が開いている。ミキちゃんはもう気を失っていた。
「心太くん…ただの脳震盪なら、大丈夫だよね?」
「…信用、できるか…!!」
「も、もっくん、さん?」
もっくんから、凄まじい殺気が放たれた。
「なに、おニいちゃンもたマしいくれルの?」
めちゃくちゃ不穏です。ああ、どうしよう、私何もできない…というか心太くん気絶してるのにもっくん戦えるの?
「心太……借りるぞ」
もっくんが心太くんのおでこにトンと人差し指を立てた。もっくんの髪がわずかに逆立つ。
そして、目が少しだけ、赤くなった。
ん?赤く?
「殺す」
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