やばい相談所一Ⅲ
「あの…」
「どうしました?」
「あ、いや…何でもないです」
社員さんは真っ赤なヘッドホンを外すことなく、面接を始めた。
あ、そっか、この人。
『ヘッドホンを付けたまま依頼の話をするやばいチャラ男』だ!!
いやけど口調は丁寧だし、声も落ち着いてて爽やか。仕草もキレイだし、
――ただ、目付きが、なんというか。
「ああ、すみません。目付きは生まれつきでして…」
「へ!?」
待って待ってなんでわかったの。
「無関心っぽい、とか見下してそう、とか…とにかく、不快感を与えるらしいですね。街に行くとよく絡まれます。…それと、ヘッドホンは外せません。ちょっと事情がありまして」
「はぁ…」
「あのー東海林さん、イナリくん、飲み物入れ直してきますね。イナリくんはお茶がいいですか?オレンジジュースもありますよ〜」
心太くんが聞いてくる。
「…ジュース」
「っ…!!!かわい……っ、!?」
右脇腹にイナリから鋭い突きが入りました。
心太くんが離れてから社長さんは口を開いた。同じソファに座ってると、緊張感があんまりない。あと近い。
「しかし面接と言いましても…見たところ、志望動機は先ほど出来たようなものですよね」
「まあそうですね…」
「じゃあそこは割愛して。特技…と言うか、十八番の曲、あります?吹いていただけたりしますか?」
げ。
「い…今、ですか」
「可能であれば」
「う…えーと…」
「吹かないのか、あすか?」
「だ……だって」
スランプなんだもん!!!
なんてことは言えない。どうしよう。
「そんな人様に聞かせられるような演奏は…」
「このおれを吹いておいて?」
「イナリは!!!悪くないの!!!!」
「もしかして…最近2週間くらい、上手く吹けてない、とかあります?」
「っそ、そうです!!何しても本来の音が鳴らないっていうか、消化不良っていうか…こう、モヤッとして」
口元に骨ばった手を当てて、社長さんは最近の私の症状(?)を完璧に言い当てた。
「それは多分、『
「ぷれいやー…?準備期間…?」
「試しに吹いてみて下さい。元通りになってる頃かと」
「元通りに…?」
バカみたいにオウム返しで答える私をよそに、心太くんがお茶とジュースを運んできた。
「わあ!東海林さん吹いてくれるんですか?僕、中音楽器大好きなんですよ〜」
「………………………分かりました」
だから、そんなキラキラした目で見ないで下さい。
*✻*
「…………」
マウスピースだけで音出しをして、いよいよイナリ――ホルンを構える。
ヤバい、緊張する。ってかここ天下の音害対策の有名相談所だし。きっとみんな耳が肥えてるわけで。
「っていうか、さっきのフロルちゃんみたいにイナリが戦い出すとかは無いんですか?」
「あ、それはまず無いので大丈夫です。どうぞお好きなタイミングで」
社内は静まり返ってる。ああやめて心太くん円谷さんその期待に満ちた目をやめて!
チラ、とイナリを見ると私の方を見向きもせずに、ストローをくわえてジュースを飲んでいた。ちくしょうかわいいなぁ。
じゃなくて。もうしょうがない。ええい、ままよ!
体全体で息を吸って、小さなマウスピースに息を吹き込む。
すると、ここ最近とは打って変わった、気持ちのいい、柔らかな
「――っ!!」
「…!」
「わあ、きれい…!」
ああ。
気持ちいい、嬉しい、楽しい!
これ。この感覚があるから、音楽をやめられない。B、C、D、Es FGAB――!
調子に乗ってさらに音階を駆け上がり、hiB《ハイべー》を吹いた、その時。
パン!と音を立ててイナリの手の中のグラスが割れた。いや、破裂した。
グラスはさっきの
イナリの白い膝がガラスの破片とオレンジジュースまみれになる。
「・ ・ ・」
「へ――?」
あっけに取られる私。
慌てて雑巾と新聞紙を持ってくる心太くんと円谷さん。オロオロするフロルちゃん。
イナリは黙ったままこっちを静かに見ていた。
その目は怒りに染まっている。
「調子乗んな、考え無しの馬鹿野郎」
きっとこう言いたいのだろう。うん。
けどさ、予想つくはず無いでしょ?社長さんも大丈夫みたいなこと言ってたし。
当の社長さんは、表情を崩すことなくこっちを向いた。
「……東海林さん」
「…あっ、す、すみません!弁償しますのでっ…!」
「採用。」
そう言ってグッと親指を立てる社長さんの目は、『無関心そう』どころか、楽しそうに輝いていた。
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