やばい相談所一Ⅱ
「おいおい、『フルート』が相手か?」
「………笑子さん、む、無理、無理無理、無理です。『トランペット』なんて絶対イヤです!」
「無理じゃないわよー」
「怖いんです!!」
そう言いながら円谷さんはどこから取り出したのか、フルートを組み立てていた。
「あああぁやめて下さいぃぃ」
「大丈夫!フロルはできる子!」
「んだよ…。まあいい、社員ボコらしてくれんなら、ありがてぇくらいだ…よ!」
言い終わるか終わらないかという内に、
「オラアァ!」
「っきゃあ!」
ピョコッと言った感じでしゃがんで避けた。そのままギリギリの所で避け続ける。
「チッ、ちょこまかと…!」
「〜〜っしょーこさん、は、早く!」
「オーケー、では一曲。3分でカタをつけましょ、フロル」
そう言って円谷さんはフルートに息を吹き込んだ。柔らかい音色と、場に不似合いな暖かいメロディの連符が流れ出す。
それに合わせて、フロルちゃんがマリオネットの様にゆっくり立ち上がった。
――シャミナード作曲、【コンチェルティーノ】
フロルちゃんの目が据わっている。『トランペット』は少し怯んだ様子で後ずさった。
ここで、私は少し不思議な感覚に陥った。曲は続いているのに、聞こえているのに、聞こえない。クラシックと戦闘シーンというアンバランスな組み合わせに、なんの違和感も感じない。
するとフロルちゃんが、曲に合わせてトン、トン、トンと脚を鳴らしてからすごい勢いで相手に迫った。そして、小さなナイフを取り出し、切りつけにかかった。
「な、ナイフ!?」
「あすか、静かにしろ」
「はい」
こんな状況でもイナリは厳しい口調で私を制した。ちなみに、私とイナリは今、ソファの影に隠れています。
フロルちゃんの華奢な腰を一周する細いベルトには、2、3本の小さなナイフと小型のホルスターが下げられていた。
相手は不意をつかれ、そのまま仰け反って避けた。顎に赤い線が走る。
「―チッ!」
「あああごめんなさいしょーこさん、外しました…!」
声の調子はオドオドしたままだけど、ナイフを扱う手には迷いがない。
相手の重そうなパンチも、ワンピースの裾を翻しながらヒラリとかわして、右へ左へナイフを繰り出す。明らかにこっちが優勢だ。
「………見た目よりやるじゃねえか。本気出すか…!」
「っ…?」
グアッとすごい圧を感じると同時に、『トランペット』の顔が変わった。体も、なんと言うかごつくなって、明らかにパワーアップした感じ。真っ黒な炎みたいなオーラも見える。
そして、その一回りも二回りも大きくなった拳をフロルちゃんに叩きつけた。フロルちゃんは左腕で体を庇って、そのまま離れた床に着地した。
「いっ…痛…!」
「い、イナリ、…なにあれ…!」
「大方『奏者』の命を吸い取って、無理矢理強化したんだろ」
「そんなことしたら、『奏者』の人は…!」
バン!と音を立てて、ドアが開いた。心太くんだ。ぐったりした男の人を背負っている。
心太くんが涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で叫ぶ。
「〜〜もう、やめてください!これ以上は、この人が、し、死んじゃいます…!!」
「し、心太…さん」
フロルちゃんがびっくりしたように心太くんを見る。
「…はい、もちろんです。笑子さん」
円谷さんは何も言ってないけど、フロルちゃんはまるで会話しているように、真剣な顔で頷いた。
「そいつが死のうが生きようか、関係ねぇよ!」
「っか…、か、関係あります!『七宮相談所』の看板にかけて、誰も死なせません!…もちろん、貴方も」
「ああ!?」
そう言うと同時に、フロルちゃんはさっきまで持っていた銀色のナイフを口に咥えて、右手には小型の銃を持って駆け出した。
さっきの攻撃で、左手が不自然に曲がっている。
同時に、フルートの音色の音圧が増す。
さっきはモロに食らっていたパンチを、飛び越えて華麗に避ける。そのままパンッ!パンッ!と『トランペット』に弾を撃ち込む。
「ぐぅッ…!?」
そしてフロルちゃんは『トランペット』の肩を勢いよく踏んで倒し、お腹の上で馬乗りになった。
「お…おやすみ、なさいっ」
グサッと深く、深くナイフを胸に突き刺す。傷口から血の代わりにドス黒い煙が流れ出てくる。
すると、『トランペット』は最初は苦しそうにしていたが、だんだん穏やかな顔つきになった。同時に体が元通りに縮んでいく。そして、眠たそうに目を閉じた。
旋律が止まり、部屋が静まり返る。
「お、終わり、ました…っ」
フロルちゃんが泣きそうな顔で振り向いた。円谷さんが駆け寄る。
「お疲れさま、さすが私のフロル!」
「…っふ、こ、怖かった、です…!!」
心太くんがソファにさっきの男の人を寝かせた。
「…うん、大丈夫そうだね」
「…………………………………そうだな」
「きゃあ!?」
いきなり心太くんの後ろから、全身黒ラフな格好の、ダルそうな男が出てきた。私とイナリの目の前を通った時、『奏者』の男の人を背負った心太くんしか居なかったのに。
「あ、東海林さん。びっくりしちゃいました?」
「し、しちゃいました…」
「この子が僕の
「………………………………………どうも」
ボソっと呟いて、サッ!と心太くんの後ろに隠れた。明らかに心太くんの方が小さいけど。
なんか、『もっくん』って名前でイメージしてたキャラとかなり違う。そう思って、安心感からもあるのか、笑ってしまった。
「ふふっ、えーと、私は東海林あすかです。こっちは私の『ホルン』のイナリ」
「………………………………そうか」
何事もなさそうに、慣れた様子で心太くんが話す。
「ああそれで、東海林さん、面接の話ですけど…」
「けど?」
心太くんが言い淀む。
「なんて言うか、その…怖く、なかったですか?今の」
「…いや正直、怖かった、ですけど」
「ここで働くっていうのは、そう言うことです。毎日、危険と隣合わせかもしれません」
「毎日……」
さすがに毎日はキツい。チラッとイナリを見ると、黙って見つめ返してきた。
かわいい〜〜〜。
…じゃない、おじーちゃんがくれた大事なホルン。離れたくない。何があっても。
「…大丈夫です。もう決めましたから。…面接、お願いします」
「っほんとですか!?嬉しいです!」
心太くんがパッと笑う。眩しい…。
「七宮社長ー!面接です!」
「え、もう?」
「…うるさいですよ心太くん」
右手の扉から、若い男の人が出て来た。
「……!?」
「東海林あすかさん、でよろしいですね?どうぞそのまま、空いてる方のソファにお座り下さい」
丁寧な対応に反してその人はとんでもないチャラ男だった。
髪はふんわりと全体にウェーブがかかっていて、前髪だけダークブラウンで後ろは金色。真っ赤なヘッドホンにやばいピンクのユルいパーカー。首元にはシルバーアクセ、ズボンは黒とやばいオレンジのマーブル模様のサルエル。足元は右が黒で左が白のクロックス。
「あの、東海林さん?どうぞお座りください」
「あっ………ハイ」
円谷さんはフロルちゃんと一緒に『トランペット』とその『奏者』さんの介抱。心太くんも、何事もない様子でガラスの掃除を始めた。もっくんは…また消えた。
向かい合わせのソファの反対側には『奏者』さんが寝ているので座れない。ということで社員さんはわたしの隣に座った。ヘッドホンのコードの赤と、シルバーアクセの銀と、後ろ髪の金が目に痛い。
「では、始めましょうか」
……………やっぱり帰ろうかな。
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