やばい相談所一Ⅰ

 七宮相談所には噂がある。

『中学生に応対される』

『異常に飴を勧めてくる美女がいる』

『ヘッドホンを付けたまま依頼の話をするチャラ男がいる』

『不気味なマスコットキャラ』

 脈絡の無いめちゃくちゃな噂に、記憶が曖昧になる依頼人も多いという、評判の割に謎、というか不気味な所だ。


 *✻*


「はーい、すみませんお待たせしちゃって。お入りください」

「あ………はい」


 普通の美人なオフィスレディだった。

 そのまま促されるままに、ソファに腰を下ろす。校長室にあるソファみたいに、フカフカだ。


心太しんたくーん、お客様にお茶お出ししてー!」

「はいはーい」

「ではすみません、こちらにお名前と相談内容等お願い致します」


 もくもくと書き込む私の横で、イナリは社内を見回していた。

 壁中資料だらけで、それなりに広い。けど、社員席には誰も居ない。目の前の女の人と、『しんた』という若い男の人しかいないようだ。

 なんだ、フツーの会社じゃない。

 私がそう安堵したときに、お茶が運ばれてきた。


「どうぞ!お茶です」

「ありがとうございま………」


 笑顔でお茶を置いた男は――いや、少年は――学ランを着ていた。

『中学生に応対される』!!


「申し訳ないです、今お茶菓子が何も無くて…買いに行き忘れちゃいました」

「あら、そうなの?じゃあ、これでもどうぞ」


 バラバラと大量の塩飴が机の上に置かれた…。

『異常に飴を勧めてくる美女』!?しかも塩飴!!


 びっくりして目を見開いた私を見て、美女が声を掛けてくる。


「どうされました?」

「…いや、……えっと…その…」


 そのとき、イナリがフードを脱いだ。ブロンドの髪が、蛍光灯の光に輝く。


「どうやら、噂通りみたいだな。あすか」

「い、イナリ…」

「あらま、魂楽器ソーリントのご相談?」

「え…分かるんですか?」

「もちろん、だってこんなに顔が整った人間なんてめっったにいませんよ」


 フフフ、と笑いながら美女は名刺を取り出した。


「申し遅れました、私、円谷つぶらや 笑子しょうこと申します。こちらは野森のもり 心太しんたくん」

「こんにちは、心太って呼んでください!え〜と…とうかいりんさん?」


 依頼人用紙をチラリと見て、心太という男の子は言った。


「あ、東海林しょうじです。こっちは私のホルンの…」

「イナリ」


「しょうじさんにイナリくんですね!ぼくも魂楽器のもっくんと友だちなんですよ〜」


 ほのぼのした笑顔を向けられて思わず和む。


「で、面接ですか?回収ですか?」

「………………はい?」


 突然心太くんは、ほのぼのスマイルのまま恐ろしい2択を提案してきた。


「えっと、それはどう言う…」

「私から説明しますね。魂楽器ソーリントの所有者の、合法な選択肢はこの2つなんです。魂楽器を安全に使か、安全にかです」


 説明を聞いて驚く私の隣で、張本人のイナリはお茶をぐいっと飲んでいる。なんてこった。

 けど、まるで彼女の言い方は、なんと言うか。


「…魂楽器ソーリントって、扱いなんですか?」

「…モノ、ですか…」

「だって、自我が有るんですよね、みんな。だったら、なんか違和感があるって言うか…」


 もしかしたら、物凄くイナリにとって冷たい場所に来てしまったんじゃないかと不安になった。

 けど、円谷さんは美しい笑顔で言った。


「ご安心ください。私も、心太くん同様、魂楽器ソーリント持ちです。フロルって言うんですけど、可愛くて可愛くてしょうが無いです。…マニュアル通りに説明したのが間違いでしたね、お詫び申し上げます」

「え…そうなんですか」

「けれど、魂楽器ソーリントと彼らを利用した人間が人や物に害をなす『音害』は未然に防がなければなりません。その為の規則ですので、そこはご理解を頂きたいです」


 そう聞いて、私は少し安心した。円谷さんは、嘘をついている様にはとても見えないから。

 それで、その説明から考えると、イナリと離れない方法は1つしかないようで。


「…………………………面接、お願いします………」

「フフフ、はい♡」


 その時だった。

 ッパーーーーー!!!!

 耳に痛い、トランペットの音が響く。それと同時に、すごい音を立てて窓ガラスが粉々になった。


「うわぁ!!」

「ん?依頼人の方ですか?」

「…それだけは絶対に無いと思うわよ、心太くん」


 ここは3階だと言うことを忘れそうになった。凶悪な表情の男が何事もない様子で窓から入って来たのだ。後ろに撫でつけた銀髪に、真紅の瞳。その顔は異常なまでに美しかった。


「あら、魂楽器ソーリントだけ?『奏者プレイヤー』はどうしたのかしら」

「奏者ぁ?知らねーなぁ…ああ、オレを吹いたヤツなら、下で伸びてるぜ」

「心太くん、介抱してきて」

「はいっ」


 走る心太くんの後ろに、一瞬黒い影の様なものが見えた。


「…?」

「東海林さん、イナリくん。私の後ろから離れないで下さいね」

「は、はい」


「それで、ご用件は?見たところ、『トランペット』ですよね、あなた」

「ヒュウ!流石だなー…3年前に、仲間をお宅に退治された魂楽器ソーリントだよ。フクシュウしに来たんだ」

「魂楽器、ねえ。奏者が気絶しても動けるなんて、あなた、もう吸魂楽器アンソーリントになりかけてるのね?」

「アンソーリント…?」


 耳慣れない言葉。『魂楽器ソーリント』ならニュースで取り上げられたり、なんならマンガとかもある。それくらい自分からは遠い世界の話だけど、ほどほどに身近ではあるのだ。


「…オレが、吸魂楽器アンソーリント?」

「ええ。奏者の生命力を強制的に奪い、自立して動く、危険な存在よ。野放しにはできないわねぇ…フロル!」

「っは、は、はは、はい!」


 円谷さんに呼ばれて、どもりながら部屋の中央の螺旋階段を駆け下りてきたのは、全身白銀の、三つ編みを長く垂らしたか弱そうな女の子だった。

 そのままビタっと円谷さんにくっついて『気をつけ』の姿勢をとった。


「………?」


 あの子が、戦うの?

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