巡り巡ってゆめまぼろし
「陛下・・・?」
言うなれば、それは思わず漏れた呟きだった。
けれどそれは、確かに幻をさまよっていた彼を呼び戻した。
「何だ」
冷然とした声は、毎度従者をドギマギさせる。
癖のない黒髪、白く整った面差し。怜悧な眼差しが従者に注がれる。
しばらくして何も答えない従者に飽いたのか、つと目線を逸らした。
その先に真っ白な花をつける木を見つけた。
風が吹けばはらはらと花びらを散らす梨の木。
その木には、癒しの力があるという____。
そこまで考えて、皇帝は自嘲した。
昔聞いた、誰かの言葉。ずっとずっと忘れていた。でも。
彼には癒しなんて、全然分からなかった。
今上陛下が恐怖帝と呼ばれたのは、登極してすぐのことだった。
「………やっぱ似てるわ。うん、魂がそっくり」
木の葉に巧妙に隠れて、梨花は樹上でにっこりと
「相変わらず、嘘だらけなのね。自分も気付いてないくらい。……構わないけど。そういう貴方を、愛してるから」
彗星の如く現れ、あっという間に内乱を鎮圧した恐怖帝。
彼が座るのは血濡れた玉座。
嘘だらけの血みどろの皇帝。
………やっぱり、構いやしなかった。
初めて逢った時から、そうだったから。
梨花はすっと目を伏せた。
(これから、どうしよう。何も考えて無かったわ)
取り敢えず王城に忍び込んで、彼を観察することは出来た。
でも、ずっとここにいてもいいほど、居心地が良くはないし。
うーん、と悩んでた梨花は、その樹の根本に皇帝陛下がやって来ていたことに全然気付かなかった。
(今日のところは、これで帰ろうかしら?………っ!?)
ドンッと樹に衝撃が走る。
ちょこっと枝に乗っかっていた梨花の体が、ぐらりと傾いた。
実は皇帝が思いっきり幹を蹴飛ばしたからなのだが、そんなの梨花は知る由もない。
皇帝はパラパラと落ちてくる葉や虫を鬱陶しげに払い除けて、樹を見上げた。
…………ややあって、何か白いものがぼてっと落ちてきた。
「…………」
「…………」
梨花と皇帝は、暫く見つめ合い続けた。
(随分ヘボな殺し屋だと思ったが……)
皇帝は、首を傾げた。
(落下の仕方と言い、この間抜けだ顔といい、)
「ヘボ過ぎるな」
思った事が、ついポロッと口をついて出た。
ぱちっと梨花は瞬いた。
(………ヘボ?)
そ、それは確かに落下の仕方はマヌケだったけれども。
「ヘボくないです。断じて、全然」
それだけは断固として否定しなければならなかった。沽券にかけて。
「……ほう」
ちょっとだけ彼は目を細めた。
梨花はちょっとムカッとした。だってなんか、馬鹿にされてる気がする。
「ヘボくないです」
もう一度、繰り返した。
それには答えず、皇帝は梨花の襟首を掴む。
そして、ヒョイと立ち上がらせた。
パチっと梨花は瞬いた。次いで、クスッと微笑む。
「ありがとうございます」
誰もが恐れ、平伏す恐怖帝。
でも、梨花にはそうする必要が全然無かったから。
ペコっと頭を下げて、彼をじっと見上げて。
「今日は帰ります。勝手にお邪魔してごめんなさい」
そうして、強い風が吹いて思わず彼が目を閉じた時には。
もう梨花の姿は消え失せていたのだった。
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