Episode16 驀進

「テイラーのこと好きだったの?」

 朝の食事の最中、あえてこの話題をぶちこんでみる。すると、レイは見事なまでに動揺を見せ、フォークを取り落とした。

 ベーコンエッグとトーストに、あたたかいコーヒー。テイラーの遺体は片づけて消臭のためのあれこれも施したので、これといった悪臭は感じられない爽やかな朝だった。昨晩まで降り続いた雨は、既にどこへやらと吹っ飛んでしまった。

「なに、いやがらせ?」

「事実確認」

 おそらくわたしはにやついている。そんなわたしを見て、レイは呆れ気味にため息を漏らした。

「……どんな答えでも怒らない?」

「それもう答えと一緒だし」

「そりゃ、好きだった、よ」

 ところどころに隙間のある喋りは、なんらかの躊躇いを感じさせる。ノリで聞いてしまったが、あまり触れるべきでない話題だっただろうか。

「路頭に迷ってたテイラーを、あたしが偶然助けたんだ。あの子体制反抗型みたいなタイプで、色んなことに首突っ込んで追われててね。そのツテで、あたしはこっち側に潜った」

 なるほど、これで、いくつかのレイやテイラーの言動に納得が生まれる。レイとテイラーも、運命の出会いと言えそうなそれを経て来たようだ。ちょっと羨ましい。

「テイラーは……リサと比べたらずっと弱い。だけど、あの子なりに世界と戦ってた。本気であがいてる姿は、素敵だった……のかも」

「曖昧な言い方だけど……やっぱ触れない方がいい? この話題」

「わかんない。もう、わかんないな~」

 食器を置いて、レイは大きく伸びをした。ふう、と腕を降ろすが、まだ降ろしきれていないものがあるような微妙な面持ち。

「最初は利害の一致だった。でも、あっちからアプローチかけてきて、なしくずしで」

「利害ってなんの利害?」

 純粋な疑問だったのだけれど、レイは頬を赤らめて視線を逸らした。なにか純粋でない、やましいことでもあるのかも。

「……秘密」

 これはやましいことがある。問い詰めねばなるまい。

「わたしたち二人、最後まで逃げ延びたら教えてくれる?」

「フラグ立てないでくんない?」

「言わないとフラグ立てちゃうぞ~」

「まったく……もう」

 レイは皿に残った食事をちゃっちゃと食い尽くし、コーヒーで流し込んだ。食器を持って立ち上がり「早く食べちゃいなよ」と言い残してダイニングへ。

「えっ、返事は? これじゃわたしかレイ死ぬんじゃない?」

 皿を置いたレイが戻って来た。リビングに残ることはなく、そそくさと私室の方へ――

「……リサを追いかけたくて、裏社会に潜ろうとしたんだよ」

 あまりにも恥ずかしい暴露が聞こえて来たので、自分の耳を疑う。そうしているうちに、自分の顔がどんどん熱くなっていくのがわかった。これはあまりにも、あまりにもすぎやしないか。

 頭を抱えながらじたばたして、身体の熱を振り払わんとする。しかし、熱は冷める気配がない。遠くから「準備するよ!」と呼ばれたので、残った食事を急いでたいらげた。


 レイの私室横にある物置は、なんだかんだで入る機会がなかったので初来訪となる。白い壁に、黒光りする銃がいくつもかけられていた。床にも銃が散乱し、棚にも銃や弾薬がズラリ。ここを拠点に戦争が始められる、とは言えないものの、一個小隊に武装を回して余りあるほどの銃器が揃えられていた。

「リサ、これ使って」

 そう言ってレイが手渡したのは、ハンドガンのスプリングフィールドXD。レイの愛用品だ。わたしの手に馴染む品ではないものの、テイラーとのひと悶着で一度使用済み。

「ガバメントだと弾が違うもんね。わかった」

「それに、お揃いじゃん?」

「ふふっ、なんかいいね、それ。他の銃は?」

「用意してあるよ。リサ用に、M4カービンにサイト付けたやつ。他にはなにかいる?」

「グリップ欲しい。うーん、あとは防弾スーツとか?」

「スパイ映画じゃないんだから。防弾ベストで我慢して」

 今日のわたしは、防弾ベストの上に白のブラウス。黒いスラックスに黒いカーディガンで、スーツっぽく決めていた。勝負服っぽくて気合いが入るためだ。用意された銃は、M4A1カービンにレットドットサイト、フォアグリップを装着したもの。スプリングフィールドXD。そして、ポケットに念のためのコンバットナイフを入れて完成。

「ま、あくまでもリサは運転がメイン。戦闘になっても、あたしが戦うから」

 タクティカルベストの上にモッズコート。殺し屋シュライクはいつもの装いだった。下は伸縮素材のデニムパンツとスニーカーで、シンプルなのがレイらしい。

 レイが扱うのは、ロングバレルのFN SCAR。砂色のアサルトライフルは、モッズコートによく似合っている。ハンドガンはもちろん愛用のヤツで、スポーツバッグに愛用のクリスヴェクターも入れていく。

「本当は武装は統一すべきなんだけど、一丁ずつしか持ってなかった。ごめん」

「いいじゃない、個性が出て」

「個性……?」

 そのとき、レイが手にしたスマートフォンが震えた。レイがいつも持ち歩いているものと違うそれは、テイラーの遺した物。家の周囲への危険分子の接近を知らせる機能がついているんだとか。

「やっぱりここバレてたかぁ。オスカーならこの辺り探しそうだものね」

「ここから先はノンストップだよ。リサ、心と車の準備しといてね」

 そう言って、レイはサプレッサーを装着したドラグノフSVDを担いだ。外に現れたらしい敵を狩りに行くのだ。それが終わり、レイが車に乗った瞬間から、わたしの戦いも始まる。

「よろしくね、わたしの守護天使」

「天使なんて大したもんじゃない。あたしはただの百舌鳥だよ」

「じゃあ言い直す。ずっとわたしの隣にいて、わたしの百舌鳥さん」

「喜んで。あたしのお姫様」

「守られるだけのお姫様は嫌よ」

「もう十分武闘派お姫様だよ」

 にこりと笑って、わたしの手を取った。そして、手の甲に口をつける。昔とも昨夜とも変わらない、柔らかい唇だった。

 レイは家の屋根へ。わたしはガレージへ向かう。車のキーを手に、テイラーの遺体があった廊下を抜けて、外へ。外界の空気は、どことなく剣呑に感じられた。世界は、わたしたちを歓迎していないのだろうか。

 それにしては、綺麗な青空が、頭上に広がっていた。


 今回乗る防弾車は、わたしとレイがソフィアの店~テイラー家間の移動で使ったレクサスだ。その道中に少しだけ運転したので、感覚はだいたい掴めている。

 防弾者の車内で待っていると、大荷物を抱えたレイがやって来た。銃を入れるためのスポーツバッグが一つ増えている。後部座席に乗り込み、ふうと一息ついた。

「敵は二台と中に二人ずつ。全員余すことなく片づけといた。あと、敵は防弾仕様の車を抱えてる」

「お疲れ様。その荷物は?」

「流石に無いと思うけど、スナイパーライフルで抜けない防弾車が来たときのために。確実な対処方法を持ってきた。あとで見せたげる」

「見る暇があったらいいけどね。レイ、ちょっとこっち」

 ちょいちょいと手招きし、レイの顔を前の席に寄せさせる。どうしたの、と無防備な彼女の唇に、容赦なくキスをした。

 驚くかと思ったが、レイは意外と冷静だった。その美しいお顔が、こちらを見つめたまま固まっている。

「……」

「……」

 気の利いたことでも言えればよかったのだが、肝心なときに言葉が出てこない。しかし、なにか言わないと締まらない。どうしたものか。

「リサ、愛してるよ」

 なんの飾り気もない言葉――それゆえに、胸が弾んだ。レイらしい、気の利いた言葉だ。

「ええ、わたしも愛してる。じゃ、行きましょうか!」

 アクセルペダルを踏みこみ、車は前へと進みだす。

 わたしの命を散らすため、ローレルは確実に牙を剥き、襲い来る。だが、勝つことが目的じゃない。生き延びることが目的なのだ。

 まだ見ぬ――けれど確実に生きて目にする――景色のために、今はただ、前へ。



 閑静な住宅街を走り抜けるレクサス。いつ何時敵が現れてもいいよう、レイが全方位に警戒を向けている。獣のごときその眼光がサイドミラーに映り、普段との変わりように背筋が震えた。彼女は完全に臨戦態勢だ。わたしと生き延びるために、本気でそうしてくれているのが嬉しい。

 この車は戦闘に対応すべく、天井が開くようになっていた。しかし、今は目立つことを避けるべく閉じている。いつバレるかは不明だが、その時には天井を開放してレイが出る。

「このまま二人でドライブデートならいいのに」

「リサは行きたいとこある?」

「うーん……遊びにも行きたいけど。まずはショッピングかな」

 自分の服装も地味だが、これはあくまでも仕事着。家に戻れば――もう捨てて来た住処だが――色とりどりの服が揃っている。だが、レイの服は悲しいほどにストイック。そこが魅力でもあるが、一からオシャレを指南してあげたい。

「オススメの店は?」

 言いながら、レイは車の天井を開放した。心地よい風が車内に吹きわたり、髪がふわりとなびく。

「いろんなとこ見て回りたいし、アウトレットに行きたいなあ」

 スポーツバッグから取り出されるのは、長大な漆黒。場に現れただけで威圧感をもたらすその銃は、バレットM82――人々がアンチマテリアルライフルと呼ぶ代物。戦車の装甲を優に貫き、人体を木っ端微塵に粉砕する超威力兵器である。

「あたし服とかわかんないからさ。昔はリサが、最近はテイラーが選んだやつ着てたし」

「わたしが選んだげる。たぶん、フリフリの白いワンピースとか似合うよ」

「本気で言ってる?」

 バレットM82を担いで、立ち上がるレイ。レクサスは住宅街から、大通りへと飛び出そうとしている。そして、サイドミラーに映るのは、先ほどから一定間隔を取ってこちらを追う漆黒の車たち。一般車両とは一線を画すオーラを放っているように見えるのは、防弾車ゆえか。

「着てみなきゃわかんないよ。わたし見たいなぁ、レイのワンピース姿」

 車は大通りに出るための一本道へ。このまままっすぐ進めば、広い道に横合いから出る形となる。

 一直線の道にわたし達の乗るレクサスと、追跡車両が二台。追手を一網打尽にするなら、列を成している今しかない。

「先手必勝。撃つよ」

 レイが身を乗り出し、銃を構えた。猛スピードで接近する敵車両。獲物を狙う百舌の瞳が、スコープ越しに死線を映し出す。だが、わたしから見えるのは、レイのお尻のみ――ズドン。

 地響きのごとき銃声に合わせ、サイドミラーの景色が揺らぎだす。いや、揺れたのは追跡車両だ。12.7mm弾によって撃ち抜かれたガラスに大量の赤がまき散らされ、車は制御を喪失。右往左往した後に、横合いの民家に突っ込んで停止した。

 冷たい声音が「次」と言い放つ。バレットM82はセミオート射撃を可能とするライフル。人間をミンチにする必殺の一撃が、敏腕の射手によって幾度にも放たれうる――直線上の存在は、すべて大穴を開けられても文句は言えない。

 彼女は殺しの際、なにを思い浮かべるのだろう。敵の死を願うのか。己の成功を祈るのか。また、どちらでもないのか。大通りを前に、ハンドルを切る寸前。トリガーが引かれる。銃声の後に、飛び出した薬莢が天井を跳ねた。目標は、黒煙を上げて沈黙した。

「お疲れ」

 レイが下りて来て、椅子に身を投げるようにもたれかかる。マガジンを抜き、弾のリロード作業に入った。

「まだ始まったばっかり。てか、もうあたしらの移動所在がバレてる。敵は本気だよ」

「本気なのはお父様か、オスカーたち幹部だけか。ま、どっちにしても最悪」

「この銃持って来てよかった。敵は防弾車を揃えて来てる。金持ちすぎじゃない?」

「このご時世、武器は売れちゃうのよねえ。でもその銃なら?」

「関係ない。戦車を抜ける銃で、車が抜けないはずがない」

 リロードを終えたレイが、周囲への警戒を再開。わたしも周囲に目を配りつつ、車通りがそこそこある大通りを走り抜ける。

 現状において、わたし達は州を抜け出すという算段をつけた。大通りに出て都市部を抜け、開けた田園地帯へ。その後は、南米方面はアテがないので、とりいそぎ西方に向かおうという話になっている。

 敵の警戒網がどこまでのものかは知り得ないが、仕掛けてくる可能性が高いのは都市部だ。車の通りが多いため、逃げる側は動きが制限される。その上建物が多いため、スナイパーを配置することだって可能だ。警戒範囲が広大かつ緻密なため、とにかくやりづらい。

「できるかぎり都心部にいるのは避けよう。最短の道路に乗り上げられなくても、ヤバいと思ったらすぐに転身。生き残ることが重よ――」

 その瞬間、後方から飛来した銃弾が窓ガラスを打った。レイの言葉が中断され、衝撃がハンドルに伝わってくる。サイドミラーでは視認できない敵だった。

「レイ、よろしく!」

「了解」

 ライフルを構えてレイが天井から出る。すぐに銃声が轟き、後方に黒煙が見えた。だが、車体を打つ音が幾重にも響きだす。どこからか撃たれている。探査の目を向けようとした瞬間、運転席のすぐ横で銃撃に車体が軋んだ。横あいから現れた車が、右方よりこちらを狙っている。

 タンッ――レイの銃声にしては軽く、遠い。激しい金属破砕音が聞こえたかと思えば、車体の天井部が大きく凹んだ。

「リサ! 狙撃だ!」

 そう言われたって、運転しかできないわたしにどうしろと!

 後方からも銃撃。二台の車と、幾人かのスナイパー。レイは順々に撃っていくが、後方で大きく右往左往する車が銃弾を避ける。そして、弾切れの時がやって来た。

 おそらく、ここから先も新しい敵が出てくるに違いない。アクセルを強く踏み、法定速度と一般車両を飛び抜いて大通りを驀進する。

 レイがいったん降りて来て、リロードしつつFN SCARとグレネードを手に取った。

「リサ……あたしたちは失敗した。ここは、ヤツらの狩場だった」

 失意の声――宿っていた戦意が、わずかながらかき消えている。

 その時、右方から現れたらしい新たなスナイパーの銃弾が、度重なる銃撃で弱っていた後部の窓ガラスを突き破った。

 ハメられたとでもいうのか。敵が周到に準備を重ねてくる可能性は考慮していたが、まさかここまでやるとは。父も、本気を出してわたしを殺しに来たということだ。

 ならば、やることは、一つしかない。

「……それでも戦う」

 徹底抗戦の構えを取るしかない。自分のケツは、自分で拭かないでどうするか。

 助手席に置いたM4A1を掴み、わたしは窓を開けた。右方の敵車両が奇行に驚いているのか、射撃が止まる。右手でハンドル、左手でM4A1。窓に銃底を置いて安定させ、フルオートで乱射した。

「二人で生きたい! レイと再会できた今を、死んで終わらせるなんて、神が許してもわたしが許さない!」

 ズドン。幾度か聞いた銃声がして、後ろを振り向く。レイが、スナイパーを狙って狙撃したのだ。右手でバレットM84、左手でSCARを構えた二刀流。どれだけの筋肉かテクニックがあれば、あの射撃が成せるのか。

「行こう、二人で」

 外にあるため見えないレイの表情。それでも、彼女は今、笑っている。伝わって来る。

 M4A1とFN SCARによる、マズルフラッシュを切り裂く5.56mm弾の雨が右方敵車両に降り注いだ。わたしとレイの共同作業――ガラスが破損し中の人間が死亡。タイヤが裂けて走行不能。すぐさま戦線を離れていく。

 敵の撃退に成功し、心の中でガッツポーズ。驀進は止まらない。大通りは十字路に差しかかろうとしていた。田園地帯へ向かうならここでまっすぐもしくは左カーブだが。

「リサ左ッ! ブレーキ!」

 明らかな焦りを孕んだその声に、左を向く。

 黒塗りの車が、こちら目掛けて突っ込んできた。避けられない。反射的に踏んでしまったブレーキ。不幸にも車は交差点の真ん中で停止。

「ごめん、ふんばって!」

 銃を担いだレイはすぐに車の天井に乗り上げ、空中へ飛び出していった。

 横っ腹に、車が突っ込んでくる、瞬間。世界がスローモーションへと移り変わる。アクセルを踏む足。ハンドルを握る手。脳から身体へ向かう電気信号の早まり――今は前へ進むしかない。

 衝突がやってくる。進み出すレクサス。黒塗りの車は、後部座席部分へと吸い込まれる。

 破砕音。振動。身体が浮き上がると同時、視界が回転する――否、車体が回転している。巡る景色に流されるがごとく横に飛びかける身体。しかし、眼前で白が膨れ上がり、顔面を真正面からぶん殴られた。

 エアバッグだ。そう認識した瞬間、後頭部をシートに叩きつけられ、意識が吹っ飛びかけた。しかし、すぐそばで鳴りだした銃声が、なんとか意識をこの世にとどめてくれた。

 世界の音が耳鳴りにかき消される。身体のどこかに痛みが走った感覚があるかと思えば、痛いのは全身の至る所。顔に熱いものがかかっていて、なんだか焦げ臭い。明滅する視界を上下左右に向けると、必死の形相で戦うレイと、歪んだバックミラーに映る自分の顔。頭から軽い出血と、大量の鼻血。明らかな重傷者の顔だ。白のブラウスが、赤く染まりつつある。

 戦闘の最中、時折レイの視線がこちらを向く。焦燥と憂慮が入り混じったそれに対し、目だけでも笑いかけようと努力してみる。しかし、血まみれの笑顔もいかがなものか。筋道だった思考の発露に、少しづつ意識が判然とし始めたのがわかる。

 しかし、精神に身体がついてこない。動きたいという欲求に答えてくれない。感情を顔に乗せることすらもおっくうで、レイに視線を送ることしかできなかった。

 すると、レイは顔をしかめながらバレットM82を捨て、ポケットからグレネードを取り出して放り投げた。まるで苦肉の策だと告げている面持ち。追って爆発が起き、爆風が地表と車体上を撫でていった。

「リサ! リサ、大丈夫、じゃない……ああ」

 駆け寄って来たレイがドアを開け、外に出してくれた。車体に寄りかかって道路に座り込むと、血と硝煙の臭いが鼻につく。いや、これはわたしの鼻血の臭いだろうか。

「心配しすぎ……」

「心配しないわけないでしょ! クソっ、どっかに隠れないと」

 周囲を見回しつつ、レイは後部座席から銃の入ったバッグパックを取り出した。そして、スモークグレネードを手に取り、栓を抜いて放る。

「武器は全部持てない。アサルトライフル以外は置いて行こう」

 バッグパックにM4A1とFN SCAR、アサルトライフルとハンドガンの予備マガジンとグレネード数個を詰めこむレイ。次にモッズコートを脱ぎ、わたしに着せた。フードを被せられ、視界が半分暗がりに消える。

「まだ鼻血止まんないか、鼻折れてるかな。綺麗な顔なのに最悪。リサ、他に強く痛むところは?」

「わかんない、全部かも」

「っ……細かく見てる時間もないか」

 どこからともなく取り出された布が鼻に突っ込まれる。スモークグレネードによる煙幕は、既に周囲一帯を囲みつつあった。

 レイはわたしの唇についばむようなキスをして、バッグパックを前に背負う。そして、動けそうにないわたしをおんぶした。

「レイ、かっこいい……」

「走馬燈じゃないよ。リサにはカッコいいとこ見せ足りないから」

 煙を穿って走り出すレイ。呼応するように、身体の節々に痛みが走る。打撲だといいが、どこか折れていたら最悪だ。

 わたしは鉄火場に不慣れだ。こういったシチュエーションでは、全てレイに一任するしかない。そんな自分が、不甲斐なくて嫌になる。人間は万能ではないと、わかっていても。

「その恰好じゃ目立ちすぎる。今は顔伏せといて」

「そうだね。ごめんね、ごめんねレイ。わたし、足手まといで」

「そんなこと言うな!」

 突如声を荒げるので、びくりと震えてしまう。打った箇所がレイの身体と擦れて、再度鈍い痛みが押し寄せる。

「それを言うなら、あたしだってリサの人生の足手まといだ」

 本当にそうだろうか。彼女が現れなければ、なにか変わっていただろうか。

「あたしたちはさぁ、もう二人じゃなきゃダメなんだよ。二人じゃなきゃ意味ないんだ。だから、足手まといとかそういうのは言いっこなし」

 からからになった容器から絞り出したみたいな声音。そう聞こえたのは、事故の衝撃でわたしの耳がおかしくなっているからかもしれない。でも、すごく、レイの意志が鮮明に聞こえた。

「二人じゃなきゃ意味ない。なんかいいね、それ」

「でしょ。一心同体、ジキルとハイドみたいな」

「その例えはちょっと違くない?」

「読んだことない。テキトーに言っただけ」

「ふふっ、なにそれ」

「よかった、笑ってくれた」

 レイは進み続ける。どうにもできないわたしは、彼女に全てを委ねるほかなかった。いつのまにか、歩行者がちらほら見えるところに辿り着いている。それらは、すぐ近くで起きた爆発事件と交通事故の多重奏に釘付けだ。

「どこ行くの?」

「さっき言ってたでしょ、アウトレットに行きたいって。一度身を隠そう」

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