二日目「気付いてしまった……」
「よお!」
通用門を越えたあたりで、そんな声と共に背中をバシッと叩かれた。
私は思わずよろけそうになるが、なんとか踏ん張った。
後ろから大好きな人の気配と、おはようさん! と元気な声。なんだか嫌な予感がして、急に不安になりながら私は振り向いた。
「先輩……」
私の大好きな人、元部長が立っていた。今日は登校時間が同じくらいだったようだ。
「どうした? 元気ないなあ」
「あ! お、おはようございます先輩!」
私は先輩に心配を掛けてはいけないと、焦って取り繕った。
「ああ、おはよーさん」
大柄で、がっちりした体格の先輩。なのに、似非関西弁の混ざったような、間の抜けた言葉遣い。いつもいつも、一緒に居てほっとする先輩だ。
「で、大丈夫か?」
やっぱり先輩は心配してくれていた。
「はい、ちょっと寝不足なだけです」
私は笑って返した。
「そりゃあいかんな。何かあったのか?」
後輩思いで、少し心配性な先輩。わかっていたから、私は用意しておいた答えを返す。
「いえいえ、課題が終わらなかっただけですよ」
「そうか」
安心したように先輩は笑って昇降口へ歩き出した。私もそれに続く。
「それで終わったのか?」
「終わりましたよーなんとか。あー疲れた」
その後はそんな他愛の無い話をして、私達はお互いの教室へ行った。
授業中、私はずっと今朝のことを考えていた。先輩に会えて嬉しいのに、何かもやもやするのだ。
――嬉しくないとか、怖いとかそんなんじゃなくて……。
違和感を感じたのだ。
――なんだろう。
先生の授業をなんとなく聞きながら、私は考える。
体格の良い先輩は手加減を知らないから、まだ少し背中が痛い。そんな痛みも久々で思わずニヤける。
――久々?
私はすっと冷静になって、怖くなった。そうだ、久々なのだ。先輩はスキンシップが男女問わず多い人だ。でも、私が告白して、先輩がフッて以来。今までと変わらず楽しく話せるようになったが、頭を撫でたり、背中をバシバシ叩いたりする先輩のスキンシップは無くなっていた――私とだけ。他の部の仲間達にはよくしている。
それもまた、告白したことをちょっとだけ悔やんだりする原因だった。
――私、このまま無かったことにしたいとでも思ってるの……?
私は自分のことがわからなくて不安だった。
――先輩は、本当に私が告白したこと、忘れてるのかな。
私は今日の部活で先輩にそれとなく確認してみることに決めた。
六時間の授業が終わり、放課後。
私は少し不安な気持ちで、部室に向かう。
「あ、美優!」
途中、廊下でそう声を掛けて来たのは親友の山本夏樹。ついでに先輩の次の放送部部長だ。
「部活一緒に行こー」
「いいよ」
私は笑って返す。そうだ。
私は良い事を思い付いた。
「部長様! 頼みたいことがあるんだけど」
「えー美優の様付けの頼み事は怖いなー。ま、良いよ。なあに?」
私のことを良く分かっているうえに、頼れる親友だ。
「実はね?」
私は今、部室で先輩と二人きりだ。
放課後のグラウンドからは当然、運動部の掛け声が聴こえてくる。
「どうしたんだ、天瀬?」
先輩は不思議そうに私に声を掛けて来た。
練習しなくて良いのか? と言う先輩に私は言う。
「いやいや、先輩も見てたじゃないですかー。昨日凄いことになったでしょう?」
思わず笑い話にしようとするいつもの癖が出てしまった。慎重に探りを入れて行こうと思ってたのに!
もし先輩が昨日のことを覚えてなかったらどう言い訳するんだ!
私は盛大に自分にツッコんだ。
仮説として。先輩が私に対してスキンシップをとるようになったということは、スキンシップをとらないようにしていた昨日までの記憶が無い又は曖昧になっている可能性はある。そうしないと辻褄が合わないと思うからだ。
「まあなー。なんだ、まだ気にしてるのか?」
先輩はニカッと笑って言った。男らしい笑顔で惚れ惚れする。
「え……」
想像と違う答えが返って来て、少し戸惑う。けれど、先輩は昨日までの記憶ははっきりしているようだ。
「それで朝も元気なかったのか。昨日も言ったろ? お前は悪くないんだから気にすんなって」
今朝私が寝不足だと言って元気が無かったことも、まだ気にかけてくれていたようだ。
「まあ、気を遣って周りの練習時間を確保しようとするところは周りを気遣えるお前の良い所だけどな」
先輩はそう言って、ぽんぽんっと頭を撫でてくれた。
「あ……」
その掌にあまりにも遠慮が無さ過ぎて、懐かしい感じがして、私は気付いてしまった。
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