第26話

地上に降りてきても、彼が僕の神様である事は変わらなかった。

伊織さんは僕に何をしても良い。

僕は、彼が望む事全てをしたい。

もしも気が変わって僕を殺したくなっても、それはそれでかまわなかった。

他の誰かを殺すなら、僕にして欲しい。僕じゃない誰かのほうが嫌だ。


「気が、抜けたら……眠くなってきた」


「えっ」


「あー、寝よ。一緒に寝る?」


「そ、それはもちろん」


短い距離なのに、手を繋いで歩いた。

布団に倒れ込むと、伊織さんは僕を抱き枕のように抱えて目をつむる。


「お前、良い匂いするよな。……だから、お前抱くの好きなんだ」


「あっ、えっ」


戸惑っているうちに伊織さんは静かな寝息を立て始めた。

僕はこんなにどきどきしているというのに。

暑くて、枕元にあったリモコンで冷房温度を一つ下げる。


伊織さんが僕を好きでいてくれた。自惚れでは無かった。

嬉しい。もう、僕の想いが虚しくなる事は無い。


嬉しい。


嬉しい。


公園のベンチで、初めて話し掛けてくれた日の事は今でも覚えている。

毎日会うな、よく見かけるな、と思っていた。

僕と同じで、帰る所が無いのかな、友達がいないのかな。

スーツの男の人は自分よりはるかに大人に見えて、そんな訳が無いと思いながらもそんな事を考えていた。

時折、登校時間に見掛ける事もあった。

夕方会う時より少しだけ眠たそうで、それでも背筋は真っ直ぐ伸びていて、しっかりネクタイを締めた姿は格好良かった。

隣のベンチで缶コーヒーを開ける音につられて視線を向けて、目が合った。

綺麗な、夜空の瞳。

独りで、誰とも会話をしない日が有る事なんてざらで、それは当たり前の事だったのに。

それが、ずっと続くのだと思っていたのに。


好き。好きだ。

この人が、好きでたまらない。

何度そう思った事だろう。


眠る彼の胸元に鼻先を擦りつける。

僕も安心出来る伊織さんの匂いが好きだった。

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