第24話

「やっぱりちょっと狭いよな。もっとこっちおいで」


二人並んで一つの布団に横になる。

おいで、と言われた事が嬉しくて、身体を寄せて彼の胸元に額を擦り付けた。

伊織さんが、腕を伸ばして僕の襟足を指先で弄ぶ。

僕はまだ成長途中で、これからもっと背が伸びるだろう。

もっと骨張り、脚も腕も硬くなっていくのだろう。


「伊織さんは、小さい僕と大きくなった僕、どっちが良いですか?」


「別に、お前がお前ならなんでも良いよ」


さも当たり前のように彼は素っ気無くそう言った。

少し顔を上げて彼の顎にキスをすると、「寝なさいよ」と笑いながら怒られた。

同じなのに。

僕だって、伊織さんが伊織さんであるならなんでも良いのに。


ふと目が覚める。部屋の中は暗く、まだ眠ってからあまり時間が経っていないであろう事を知らせた。

ぼんやりとしたまま手を伸ばすが隣はぽっかりと空いていて、伊織さんの姿が無い。

まだ少しまどろみの中のような足取りで部屋を出る。

リビングのドアを開けると、コーヒーの香りがした。


「コーヒー飲んだら寝られなくなりますよ」


「俺はコーヒー効かないから大丈夫だよ」


僕に気付いた彼が視線はコーヒーメーカーから逸らさずに薄く笑った。


「じゃあ、寝ちゃダメな時どうしてたんですか?」


「ガム噛んでた。どうした? 休み中も、サイクルが崩れるから寝た方が良いよ」


「伊織さんは寝ないんですか」


彼は笑ったままだった。


「寝るよ。これ飲んだらね」


「一緒に起きてたら迷惑ですか?」


やっと彼がこちらを向く。

一度視線を伏せ「そんな事無いよ」と言った。


「牛乳あっためようか。飲む?」


「飲みます」


「持って行くから、ソファで待ってな」


時計を見ると、二時五分前だった。もうすぐ丑三つ時になる。

眠っていると気付かないが、こんな時間でも時折外からバイクの音や人の話し声が聞こえて、騒がしいとまではいかないがそんなに静まり返ってもいなかった。

伊織さんがマグカップを二つ持ってくる。

片方を差し出され、礼を言って両手の平で包んで受け取った。

彼も腰を下ろし、ソファが少し沈み込む。

コーヒーを一口飲むと、伊織さんは口を開いた。


「夜中に書いた手紙は出さない方が良いとか、暗い気持ちは夜と一緒に忍び寄って来る、って知ってる?」


「はい」


「夜は理性も眠ってしまって、普段は胸に留めておける事も溢れて来てしまう。悲しい事は眠って忘れて。朝目が覚めたら元通りだ」


「……どういう、事ですか」


「あのね」


伊織さんは僕を見ずに、合間合間コーヒーを飲みながら話し始めた。

趣味と言える行いの事。なぜ僕に声を掛けたのか。僕をどうしたかったのか。

「お前を助けようと思った訳じゃない。誰でも良かったけれど、お前が一番都合が良かった。お前の為に優しくしたんじゃないよ」と彼は言った。

ぽつぽつと話す声色には抑揚が無く、手の中でマグカップが冷えていく。

ああ、時々感じて胸の隅に引っ掛かっていた違和感はこれだったのかと気付いた。


きっと彼が長年胸に秘めていたものたち。

それらがあっさりとこの夜にぼろぼろ崩れていく。

伊織さんの趣味も、子供を殺してみたかったというのも、言ってしまえばどうだって良かった。

それよりも、『誰でも良かった』と言われた事の方がショックだった。


誰でも良かった。

僕じゃなくても良かった。


僕でなくとも優しく触れて、抱き締めて、言葉を掛けていたのだと思うと、そのもしかしたら存在していたかも知れない人間に嫉妬した。

嫉妬。バカだな。

やっぱり僕は、この人に愛されたいのだ。

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