第18話
身体から、少し伊織さんの匂いがする気がした。
風呂に入り、その香りが消えていってしまうのを残念に思う。
きっと、「好きだと言って」と願えば、あの人は僕の望む言葉をくれただろう。
そんなのは意味の無い事だ。
湯船に沈み込み、自分の身体を眺める。
あんなに触って欲しいと思っていたのに、いざ触れて貰えれば嬉しい反面、贅沢にも悲しみが沸いてくる。
伊織さんは、僕の反応を見てどう思っただろう。
僕ばかり好きで、きっと伊織さんはこんな感情を抱いてはいないのだろう。
こんな、欲まみれの感情を。
子供に好意を向けられても困るだけだろうに、受け止めてくれた伊織さんは優しい。
だから願ってしまう。頭の中のもう一人の自分が『馬鹿だなあ』と言っている。
風呂から上がると、ケチャップの良い香りがした。
「やっぱり伸びたな。でもまあ、ナポリタンは伸びても美味い筈だ」
僕に気付いた伊織さんがそう言って笑う。
インスタントのコーンスープも用意して座卓に並べた。
「いただきます」
「いただきます」
伊織さんはいつもと変わらない。
僕は少し緊張している。
「旭、テスト終わったら映画でも行こうか」
「映画?」
一緒に出掛けてくれるのだろうか。
一気に嬉しくなって、緊張が少し和らいだ。
「頑張ってるからさ。何か観たいのある?」
「あ、あの、あれ観たいです。10年ぶりの新作の」
「最近CMしてるよな。前のやつ観た事あるの? 俺はあるけど、旭はその頃まだ映画なんて観る年齢じゃないだろう」
「この間、門脇の家で観たんです。面白かったから気になってて」
伊織さんが、進めていたフォークの手を止めた。
「ああ、テスト勉強もその子としてるんだっけ」
「はい、僕と違って明るくて、良い奴なんですよ」
「じゃあ、門脇くんと行った方が良いかもな。話が合うだろ」
「え、でも」
「なに」
「……その、嫌じゃ無かったら、伊織さんと観たいです」
「あ、そう」
伊織さんがフォークを置き、座卓に片肘をついて頭を抱えた。
彼の口から溜め息が漏れる。
僕は何か失言をしてしまっただろうか。
「悪い。今のは俺が大人気無かった」
「伊織さん?」
訳が解らずに不安になる。
「ダメだな、ほんと。お前の事になると。俺、ダメなんだよ」
じっと見つめられた。
「ごめん、映画観に行こうな」
真っ直ぐに微笑を向けられて恥ずかしくなる。
「はい、テスト頑張ります」
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