第17話


慌てて机の上のボックスティッシュに手を伸ばす。


「謝るなって言ってるのに」


数枚手に取って振り返ると、伊織さんが溜め息混じりにそう言った。

呆れられている。

それはとても怖い事だった。


「すぐ拭きますから。というか、洗って……」


「舐めて」


「え?」


「拭かなくていいから、舐めて」


目の前に右手を出された。

浮かせていた腰を下ろし、顔を近付ける。

舌を伸ばして手首から中指をゆっくり舐め上げた。


「指の間も」


言われた通りにした。

伊織さんが指先を動かして、僕の舌に絡めて弄る。

溢れた唾を飲み込んだ。

目を閉じると、まるで彼のものを舐めている気分になる。

けれど目線をやると、実際伊織さんのものは反応していなかった。


きっと僕ばかり好きなのだ。

こんな事に付き合わせて申し訳無いと思うと、また簡単に涙が溢れた。


「苦しい? 辛くなっちゃった?」


首を横に振る。

口中から指を抜き取り、伊織さんがティッシュで僕の頬を拭った。


「好きです」


伊織さんはどうですか?


「本当に、ずっと、あなたが好きなんです」


あなたは僕の神様だから、僕に何をしても良い。全部幸福に感じる。

だけど……だけどどうか少しだけでもあなたが欲しい。


「まだ、俺が好き?」


「好きです」


「旭は、変わらないな。ちゃんとこっち向けよ」


頬に手を添えられる。

顔を見るのは怖い。

どんな表情を向けられているのかを見るのが怖い。


「俺の事、ちゃんと見てよ」


額にキスを落とされた。

こめかみにも。

頬に、瞼に、口唇に、顎に、喉に。


「俺にどうして欲しい?」


「……伊織さんのしたい事を、僕に下さい」


「そうか。そうだね。少しくらい」


首裏を取られ、深く口付けられる。

キスが終わると、下着とズボンの位置を戻された。


「今度セックスしようか」


「今が良い」


あなたの気が変わる前に。


「今が良いです」


「明日学校だろ」


伊織さんが笑った。


「パスタ伸びたな。ていうか、先に風呂入んないとダメだな。一緒に入る?」


「はいる」


「冗談だよ。沸かしてくるからちょっと休んでな」


伊織さんが部屋を出て行く。

「冗談にしないで下さい」と言ったけれど、きっと彼には届かなかった。

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