第10話

ひっ、と喉が引き攣る音で目が覚めた。

光の無い部屋の中は暗く、まだ夜深い時間であろう事を知らせる。

同級生が昨日見た夢でこんな事があったよ、と可笑しな話をする度に、なんでそんな事を覚えているのだろうと思っていた。

自分は昔から、あまり夢の内容を覚えていない子供だったのだ。


目覚めてしまうともう一度寝直すのも難しく、そういえば食パンが切れていたな、と思い出して静かに布団を抜け出して財布と鍵を手に取る。

ゆっくりと玄関の扉を閉め、コンビニに向かった。

何時なのかも解らなかったが、道路にはちらほらと走る車が見え、その都度歩道を照らしていく。

昼間よりかは幾分か涼しく感じる夜風が気持ち良い。どこまでも走って逃げられそうな気がした。


深夜に来る事がなかなか無いからか、愛想の良い若いアジア人の店員を初めて見た。

来店音が鳴るなり笑顔で「イラッシャイマセー!」と片言の発音で迎えられる。

店内の時計を見上げると、針は二時半を少し過ぎた所をさしていた。

いつもの食パンを手に取りかけて、さすがに飽きただろうかと考え直し、隣に並んでいたメロンパンを二個抱える。

もう三週間は毎朝トーストだった。


いつもの公園のベンチに座り、一緒に買った缶コーヒーのプルタブを空ける。

昼間は子供の声がする公園も今は静かで、どこか寂しい暗闇が漂っていた。

ぼんやりと、いつも旭が座っていた隣のベンチを眺める。


ここから、彼は毎日何を見ていたのだろう。


家に帰り、出た時と同様慎重にドアを開けて中に入る。

荷物を台所に置き、自分の布団に戻ろうとして気付く。

旭がこちらの布団に移動してきていた。

身体を丸めて眠る彼の横顔。

瞼に掛かった前髪を指先で払ってやると、旭が目を開けた。


「おかえりなさい」


「ただいま。起こしちゃったんだな、ごめんな」


彼は緩く首を振り、「夢かと思った」と言った。


「何が?」


「いつも、目が覚めると思います。今までのは全部夢で、目が覚めると全部消えちゃって、僕はあの押し入れに居るんです」


「夢じゃないよ」


少年の前髪を掻き上げて、自分の額をくっつける。


「そんな考えは、私が奪ってあげる」


「伊織さん」


「んー?」


「布団取っちゃってごめんなさい」


「良いよ。一緒に寝よう」


布団に潜り込んで旭を抱き締めると、ふわりと甘い香りがした。

外を歩いて来たのに、高い子供の体温が心地良い。

すぐ傍で目が合う。旭が笑っている。

たまらない気持ちになった。

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