第6話
夏休みも終わりに向かい、旭の宿題も無事に全部終わったらしい。
図書館で読んだらしく、自由研究は何やらスライムを捏ねて作っていた。
動物園や遊園地に遊びに出掛け、年相応にはしゃぐ旭は可愛かった。
こんな人間を手放すなんて、あの母親は本当に馬鹿だ。
学校が始まると、朝は二人で一緒にアパートを出て、私が家に帰ると彼が「おかえり」と迎えてくれる。
「ただいま。弁当買ってきた」
「お茶、淹れますね」
甲斐甲斐しく私から鞄や荷物を受け取り、部屋に駆けていく。
荷物を片付けるとIHにヤカンをセットし、ソファに腰掛ける私に近付いてきた。
「どうした?」
立ったまま、伏し目がちにもぞもぞとしている。
なかなか口を開かないので、その腕を取って隣に座らせた。
「あの、今度の土曜日、授業参観があるんです」
「うん」
「……伊織さん、見に来て、くれますか? あ、あの、忙しかったらいいんです! 全然! もし時間があったら、あの」
「ごめん、その日は仕事だ」
「あ、そう、ですよね。ごめんなさい」
一気にしょぼくれた旭は俯き、拳を握った。
仕事なんて嘘だ。多くの身近な人間に私とこの少年の関係を見せたくないだけだ。
彼の母親が学校行事に参加した事はあるのだろうか。
あの女のもとを離れた今、旭は多少なりとも期待したに違いない。
伊織さんなら、来てくれるかも知れないと。
「ごめんな」
旭が感情をごまかすように笑うと、丁度ヤカンが音を立ててお湯が沸いたのを知らせた。
授業参観当日、本当は仕事など無かったがスーツに着替えて出勤するふりをする。
家を出る時、心無し元気の無い旭の髪をわしゃわしゃと撫でると、彼は笑って私を見上げた。
「あー、観には行けないけど頑張りなさいね」
「はい、頑張ります」
疑う事を知らない子供は、素直にそう答えて私の隣を歩き出した。
コンビニに寄ると言って途中で彼とは別れ、その背中を見送ってから自宅に引き返す。
部屋に戻ってスーツをハンガーに掛け、溜め息を吐いた。
私はいったい何をやっているのだろう。
授業参観日はクラスメイト達が浮き足立ち、普段手を上げない奴らもこぞって発表したがった。
着飾り、慣れない化粧をした母は見慣れず、違和感があったのを覚えている。
あのいつもとは違う空間の中で、旭は今一人なのだろうか。
普段着に着替えてもう一度外に出る。
行った事の無かった近所のケーキ屋に足を運び、ショートケーキを一つ買った。
九月はまだ暑く、日差しがアスファルトを焼いていた。
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