豆をまくヒト

去河辺

第1話

 むかし、むかし、あるところに、豆をまくヒトがいました。

 豆をまくヒトは、背が高くて、優しい目をしていました。袋を一つ持っていて、その中に豆が入っていました。豆は、神様からもらう豆でした。

 世界のあちこちを歩き回って、豆をまくヒトは仕事をしました。お腹をすかしている人々に豆をあげたり、地面に豆を植えたりしました(豆が植わった地面からは、緑色の木が育つのです)。

 しかし、豆をまくヒトは、いつも悩んでいました。

 豆が足りないのです。

 世界のあちこちで、たくさんの人々が、お腹をすかしているので、一人一人がもらえる豆は、ちょっとしかありませんでした。人々はみんな、それで何とか生きていけるだけでした。

 また、豆を植えて生えてくる木は少なすぎて、林とか森になる前に、全部枯れてしまいました。

 豆をまくヒトは、人々に、お腹いっぱいというものを教えてあげたい、それから、緑がいっぱいの世界を見せてあげたい、と思いました。

 だから、ある日、豆をまくヒトは決心して、神様のところへ行きました。

 椅子に座っている神様に、豆をまくヒトは、どうか、一度だけでいいから、いつもよりもたくさんの豆をください、と言いました。

 神様は、ひげをいじりながら、嫌そうな顔をしました。そして、そんなことをしても、誰も幸せにはならない、と言いました。

 あかんぼうも、おじいさんも、おなかをすかして苦しんでいるのです、と、豆をまくヒトは言いました。

 それでいいのだ、わからないかもしれないが、今がいちばん幸せなのだ、と神様は言いました。

 しかし、豆をまくヒトがあんまり熱心に、いっしょうけんめいに頼むので、神様はとうとう根負けして、一度だけだぞ、と言いながら、いつもよりも多くの豆をくれました。

 豆をまくヒトは、喜びいさんで、仕事をしに出かけて行きました。

 そこから先は、もう書く必要はないでしょう。たくさんの豆をもらった人々は喜びましたが、神様の思ったとおり、一度お腹いっぱいを知ってしまったために、次からもたくさんの豆を欲しがり始めました。また、いっぺんに豆が植わってできた森を取り合って、戦争をするようになりました。そして、人々は、豆をまくヒトを脅しつけて、神様のところへ、もっとたくさんの豆を取りにやらせました。神様は怒って、豆をまくヒトをばらばらにしてしまいました。そのかけらを取り合って、人々はまた戦争をやりました。

 かわいそうな豆をまくヒトの血がしみこんだ地面からは、実のならない木が生えて、恨めしげに枝を伸ばしたあと、すぐに枯れてしまったそうです。

 ………


 あなたはこのお話を聞いてどう思いますか?

 もし、「そもそも神様が豆をケチるのがいけないんじゃないか」などと思うのなら、あなたは確かに、あの人々の子供です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

豆をまくヒト 去河辺 @sharehead

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ