第3話 近付いて来る、別れの気配
月日は流れる。
何年たとうとも、お狐様の姿は変わらない。
けれども真帆は違う。
一年一年、齢を重ね、つぼみが花開くように美しくなっていく真帆を、お狐様は誇らしそうに、ほんの少し寂しそうに見つめる。
二人の時間がいつまでも続くものではない事を、お狐様だけが知っていた。
歳を経ても真帆の心根だけは変わらない。
田舎に馴染み、少なくは無い友人が出来てからも、真帆はいつもお狐様を優先してくれた。
「わしなんぞと遊んでおらんで、もっと近所の子等と遊べばよかろうに。最近の流行はげぇむとやらなんじゃろ?真帆も遠慮せんで友達とげぇむをしてきてよいのじゃぞ?」
そんなお狐様の言葉に、真帆はいつも優しく微笑んで同じ言葉を返すのだ。
他の誰と遊ぶより、コン様と一緒にいる時間が一番楽しい、と。
「ねぇ、コン様?」
「ん~?なんじゃ??」
「コン様は真帆と一緒にいると楽しい?真帆の事、好き」
真帆は時折、お狐様の気持ちを確かめるようにそんな言葉をぶつけてきた。
幼い頃、両親から受けられなかった愛情を、お狐様に求めるように。
「うむ。好きじゃぞ?真帆はわしの大事な友達じゃ」
いつの間にか、自分よりも随分高くなってしまった真帆の頭に手を伸ばして優しく撫でる。
幼い頃と同じように無邪気に嬉しそうに笑う真帆が愛おしくて。共に過ごす時間が大切で。
手を放さなければならない時が近づいていることが分かっていても手放せない。
少しでも長く、同じ時を共に過ごしたくて。
終わりなど、来なければいいと、願わずにはいられなかった。
しかし、その日は突然訪れた。
真帆が中学三年生になった冬のある日。
お狐様と真帆は些細な事でけんかをした。
原因は、年が明けて卒業すれば、晴れて地元の高校へ進学するはずだった真帆を、両親が東京へ呼び寄せたいと打診してきた事。
行きたくない、と真帆は言い、行くべきだと、お狐様は言った。
「コン様は、私と離れ離れになってもいいの!?」
そんな真帆の言葉に、
「離れとうはない。じゃが、こぉんな田舎の学校よりも、都会の学校で学べば真帆の為になる。それに、母御や父御と和解する、いいちゃんすでもあろう?わしは、真帆が時折思い出してくれれば、それで満足じゃ」
寂しさを押し隠し、お狐様は答える。
だが、真帆は首を縦には振らず。
行け、行かない、と押し問答の末、真帆はすっかり腹を立てて家へ帰ってしまった。
切ない気持ちでその背中を見送り、明日はどうやって説得しようかと、お狐様は頭を悩ませる。
真帆と別れたい訳じゃない。我が侭な気持ちだけで望めるのなら、真帆を東京になぞやりたくなんかない。
でも、それではダメなのだ。
大好きな真帆の、本当の幸せを考えるなら、きちんと人の世界で人と向き合って暮らしていけるように、してやらなければいけない。
真帆は言うだろう。
余計なお世話だ、コン様は勝手だ、と。
分かっている。
己が思う真帆の幸せは、己が勝手にそれがいいと思い、真帆に押し付けているという事も。
でも、それでも。
今は辛くともその選択こそが真帆にとって一番いいと思うから。
(わしの方が真帆よりもずっと長く生きておる。と言うことは、わしは真帆より大人じゃ、と言うことじゃ。どんなに辛くとも、大人は子供の幸せのために尽くさねばならん。それに……)
このまま己の我が侭で真帆を止めおいても、共に過ごせる時間はそう長くは無い。お狐様の胸にはそんな予感があった。
そして、その予感は遠からず、現実のものとなる。
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