本文
《俺には、有用性がない。有用性がないのなら、存在してはいけない》
ロボコック=溶鉱炉へと沈んでいく機体/親指を立てながら/涙なしには見られない。
必死に手を伸ばすバロット――しかしロボコックの構造は単純/
《俺は、俺自身を処分する。それが俺に残された、最後の有用性だ。俺は俺の有用性を証明ェェェェエエエエエエエエ、エ、エ》
《ロボコックゥゥウウウウウウウウウウ――ッッッ!!!》
あれからすでに、三日が経過した。
バロットは気丈に振る舞っている。何事もなかったかのように。しかしその表情にはかげりが見える――たとえ匂いを嗅がなくともウフコックにはわかった。彼女が悲しんでいると。
無力感に苛まれる/ウフコックにロボコックの代わりは務まらない/何だか釈然としないが。
そもそもウフコックはあのニセモノが嫌いだった。ドクター・イースターが一時間で作り上げた、ネズミ型アンドロイド。不気味なまでにおのれを模倣した悪趣味なオモチャ――けれども今は、まるで半身をもがれたような気分。
それにしても、いったい誰に想像できただろうか。
ところでネズミ型
「人間と同等の知性を持ち、人語を介するネズミの形をした生命は、むろん人間ではないにしても、はたしてネズミと言えるのだろうか? ……いや、今はそんなことよりバロットだ」
彼女は強い女性だ。放っておいてもすぐに立ち直るだろう。とはいえ何もしないのも気が引ける。彼女を慰めるのにいい方法はないか、とりあえずドクターにでも相談してみようと、ウフコックは彼の研究室を訪れた。
「ああウフコック、ちょうどいいところに」ドクター――目が血走っている/目の下に隈/室内に散乱したエナジードリンクの空き缶=明らかに寝不足。
ウフコックは仰天した。「大丈夫かドクター?」
「ああ、気にしないでくれ。ちょっと三徹しただけだよ」
「三日も寝ていないのか!」
しかし疑問=事件の最中であれば、そのくらいの徹夜はさほどめずらしくない。にもかからわずこの憔悴はどうしたことか。
「というか、眠りたくても眠れなくてね……ロボコックのことを思うと……」
ウフコックはおのれの不明を恥じた。自分が造ったアンドロイドが自殺したのだ。あるいはバロット以上にショックを受けていて当然だろう。
「あまり自分を責めるものじゃないぞドクター」
「いや、ロボコックの死はすべて僕の責任だよ。一時のテンションに身を任せて、安易に彼を製造したからだ。もし僕がもっと高性能に作ってあげられていたら、あんなことにはならなかった。ちゃんと自分の有用性を認められていたはずなんだ」
「ドクター……」
「ああ、そうとも。そこで僕は考えた」
「……ドクター?」
「より完璧な有用性のロボコックを作り上げる。それこそが、僕に出来る唯一の弔いなんじゃないか」
「いや、それはどうだろう……」
「とにかく、そういうわけでさっそく試作品が出来たところでね。ちょうど試運転しようと思っていたのさ」
ウフコックは正直困惑した――しかしすでに作ってしまったというのならばしかたがない/それでドクターの気が済むのであれば=あるいはバロットを元気づけることにもつながるかも。
「で、どこにいるんだ? 新しいロボコックは?」
「君のすぐ目の前にいるよ」
「なんだって?」
耳を疑う/目を疑う/ドクターが示したのは――「電子、レンジ?」
「紹介しよう。〈ロボコック・
「待て待て。これはいったい何のジョークだドクター。さすがに笑えないぞ」
「ジョークなもんか。僕はいたってマジメだとも」
三徹明けの顔で言われても説得力は皆無/だがウフコックはドクターを信頼している/少なくともいたって平静そのものの匂い。
「だったら、なぜこの電子レンジがロボコックなんだ?」
「ロボコックをロボコックたらしめる要素とは何か? ネズミを模した見た目?
「それはどうだろうか!?」
むしろゆで卵という発想から離れるべきなのでは――喉元まで出かかかった言葉をウフコックは呑み込んだ。
「もちろん、マークアインと同じ轍は踏まない。彼は半熟卵しか作れなかったし、ぶっちゃけただのゆで時間タイマーに過ぎなかった」
「ホントにぶっちゃけたな」
「けどロボコック2は違う。半熟から固ゆでまで、お好みの固さに仕上げられるし、電子レンジだからわざわざ鍋にお湯を用意する必要もない。まさに忙しい主婦の味方ってやつさ」
「ちょっと待て。電子レンジでゆで卵を作ろうとすると、確か卵が爆発するんじゃなかったか?」
ウフコックがいぶかしむのへ、ドクターのいらえ、「そこがこのロボコック2のすごいところでね。電子レンジにかけた卵が爆発するのは、温度上昇に伴って殻内部の内圧が高まって外圧との差が広がってしまうせいだ。つまり爆発を防ぐためには、外圧を内圧と同程度に高めてやればいい。そこでこのロボコック2には、なんと
「電子レンジにか!?」
「ロボコック2だ。それでセットされた卵は
「なるほど。それが本当なら確かにすごい発明だ。これはゆで卵にかぎらず、ほかの食品にも役立つぞ。もはやラップいらずじゃないか」
「いや、それが、
「というと?」
「ようするに、現状だと卵サイズのものにしか使えない」
「……まあ、それでも画期的には違いない」
「とにかくテストしてみよう。半熟と固ゆでどっちがいい?」
「半熟で」
「
ドクター――電子レンジの扉を開ける/真ん中に冷蔵庫から出した生卵をセット/扉を閉じる/スイッチを押すと同時に音声=《おお、
「なんでボイルドッ!?」ウフコック――おどろきのあまりひっくり返る。
ドクター――首をかしげる。「アレ? おかしいな? ファイルパスを記述し間違えたか」
「よりによって不吉な……」
「ま、あとで直せばいいさ」
減っていくタイマーの表示をジッと眺めるふたり/その間ずっと鳴りやまない声/おお、
《おお、
《――おお、
「やかましいッ!」
ウフコックの不安は杞憂に終わる/オフィスが
「なんだかドッと疲れた……」ウフコック=何歳も歳をとった気分/全身の体毛が白髪になってしまったかのよう/むろん自慢の金色は健在。「まあいい。さっそく試食させてくれ。なんだか腹が減った」
「いや、あと二十分ほど待ってくれ」
「え? なんでだ?」
「今はまだ卵の内圧が高まった状態だ。このまま取り出したら、やはり爆発してしまうよ。だからしばらく放置して、温度と内圧が下がるのを待たないと」
「そこは冷却装置とかないのか」
「安全性を考慮すると、やはりゆっくり下がるのを待つのが一番確実なんだ」
「……まあ、そういうことならしかたない」
――二十分後。
「さて、お待ちかねの試食タイムだ」
ドクター=電子レンジから卵を取り出す/机の角でぶつけてひびを入れる/器の上で殻を剥がそうとする/割れ目から透明な白身がもれ出る/形の崩れた黄身とともに落ちる。
ウフコック=怪訝。「どういうことだ? なんで生のままなんだ?」
「……そうか。しまった。そういうことか。僕はなんて愚かなミスを。やっぱり適度な睡眠は重要だな」ドクター――納得した様子でひとりうなずく。
「ドクター、頼むから俺にも説明してくれ。失敗の原因は何だ?」
「おそらく前提から間違えていたんだ。圧力を抑えるための
「つまり?」
「マイクロ波と
あまりにも皮肉な結末/おお、
「……なあドクター……ひとつ訊いてもいいか?」
「なんだい、ウフコック……」
「……粗大ゴミの回収日は?」
ロボコック2 木下森人 @al4ou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます