第九章 26

 ニコライが討論に夢中になって注意力を欠いていることを読み取った兵士たちは、不意を突いて柱から身を乗り出して、非金属弾で標的を撃った。


 しかし、それらの非金属弾は届かなかった。ニコライが装着しているフレーム型の強化スーツの背後から、直径十センチの太いアームが何本も現れ、非金属弾を防いだのだ。



 かなりの重量がありながらも俊敏に動く八本の防弾アームの隙間から、ニコライの鋭い目が覗く。



 銃撃を防いだニコライが、二人の実働部隊員に反撃しようとした、その時。トムレディーが四足歩行形態となってニコライの懐めがけて走り込み、捨て身の攻撃を敢行した。


 彼女はニコライの右腕を狙って飛び掛かったが、防弾アームによって床に叩きつけられ、さらにニコライから右前脚を撃たれ、地に伏した。


 しかし、トムレディーはそれすらも想定していた。


 彼女は三本の足で素早く立ち上がって、油断していたニコライの背後に素早く回り込み、二次目標として設定していた防弾アームの本体部分と電磁防弾領域発生機を、チェーンソーのように高速回転する四本の超硬質刃が備わった左前脚で引っ掻くようにして破壊した。


 ニコライは振り向いてトムレディーの腹部を撃ったが、彼が背負っている電磁防弾領域発生機と防弾アームの破壊に成功した彼女にとって、自身の破損など些事だった。


 トムレディーは通信を介して叫んだ。


「手足を撃って!」


 アレクセイは言うとおりにしようとしたが、手元が狂うのを恐れて撃てなかった。


 二名の実働部隊員と一名の海軍特別強襲部隊員は、それぞれ手足を撃たれており、すぐには自動小銃を撃てない。


 銃撃される心配がないことを悟ったニコライが、一番の脅威であるトムレディーに止めを刺そうと、ロボット兵の急所である胸部に銃口を向ける。


 それを見たアレクセイは怒鳴って止めようとするが、ニコライはそれを聞かず、敵の犬を破壊しようと、引き金をゆっくり絞った。




 その時、アレクセイの中で、何かが破裂した。




 彼は叫びながら、トゥールソンから貰った拳銃をニコライに向けて撃った。


 それと同時に、彼の叫びに反応したニコライは反射的にアレクセイに銃口を向けて、同じように引き金を引いた。


 アレクセイが撃った無反動拳銃の弾丸は左に逸れ、ニコライが撃った自動小銃の弾丸は、最後の力を振り絞ってアレクセイを庇ったトゥールソンの胸に命中した。


 トゥールソンは、人知れず止血をしたあと、緊急用の万能細胞液を注入して医療機器を傷口に当てて、戦闘に復帰するため回復に努めていたのだった。


 危険を察知した彼は、立ち上がって走り込み、身を挺してアレクセイを守ったのだ。無実の者を拉致し、不幸の淵に蹴り落としてしまった罪と恥をそそぐために。



「オレを撃ったな、アレクセイ!」



 ニコライは激高して叫び、照準器越しに兄弟を睨むと、アレクセイも同じように拳銃を兄弟に向け、無言のまま照準器越しに睨んだ。



 兄弟は、再び銃口を向け合った。今度は偶然ではなく、明確な意志の下で。



 トムレディーは防弾アームの打撃によってバランス機構を破損して起き上がれなくなっており、ただ見守ることしかできずにいた。


 オリガは立ち竦み、床に転がる銃を取って助けに入ることもできず、ただ震えることしかできない。いくら言葉を叫ぼうとしても、震える体が空気を吐かせてくれず、過呼吸状態に陥り、浅い呼吸を繰り返すのみだった。



「もうやめてくれ、ニコライ!」



「お前こそ目を覚ませ、アレクセイ!」



 兄弟の間にあったはずの家族の絆が、揮発して消えた。


 照準器越しに睨み合う二人は今、命を奪われるかもしれないという恐怖に怯え、生じるはずのなかった恨みを互いにいだきつつあった。


 人差し指一本で命を奪われるという極限の恐怖が、緊張を加速させる。


 脳神経インプラントが中和対応しきれないほど多量の興奮物質が脳内に放出され、二人の理性を覆い隠し、否応なしに生存本能をたぎらせる。


 殺すか、殺されるか。


 二人の精神は、引き返せないほど深い本能的領域にまで到達していた。




 アレクセイが、わずかに残された理性を振り絞って、最後の説得を試みようとした時だった。


 アレクセイを庇って撃たれ、床に倒れ込んでいたトゥールソンが、死の間際に拳銃を抜き、朦朧とする意識の中でニコライを撃った。


 大口径の拳銃から発せられた強烈な銃声を鼓膜に叩きつけられたアレクセイとニコライの人差し指が、意に反して跳ね、構えている銃の引き金を引いた。

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