第九章 24
先を急ぎながらも慎重に進攻するなか、隊長となったトゥールソンが腰元から何かを取り出しながら、隊の中心にいるアレクセイのところまで来て話しかけてきた。
「拳銃を余分に持ってきた。いざという時に使ってくれ」
「銃は持ちたくないんだ」
アレクセイは拳銃を一瞥して冷たくあしらったが、トゥールソンはめげずに食い下がる。
「ここに来るまで、銃の必要性を嫌というほど感じたはずだ。お守りとして持っていてくれ。俺も、こいつに助けられたことがある。無反動拳銃だが、特製の大口径だから少し反動がある。撃つ時は注意してくれ」
受け取る気などなかったが、ここに至るまで感じてきた恐怖が、アレクセイの手を拳銃へと伸ばさせた。
彼は受け取った拳銃を強く握り、過去に仮想空間内で受けた訓練のとおりに構えて、オリガを守りながら進軍を続ける。
トムレディーは、隊の先頭に戻っていくトゥールソンと拳銃を受け取ったアレクセイの強張った背中を視覚センサーで捉えながら、ひとり静かに思考した。
護衛が無事に到着したことで、全滅の危機は避けられた。
あとは、施設内部にいるかもしれないニコライが、モニター越しに兄弟姉妹の姿を見て改心し、内部から破壊工作を仕掛けてくれることを願うのみ。
兄弟姉妹が命を賭して助けに来てくれているのだから、心が揺らないはずがないわ。狙い通りになればいいのだけれど。
トムレディーが思考を終えた、その時。
彼女の聴覚センサーが、絶望の音を捉えた。
「大変です。大勢の足音を捉えました。多数の通信と、ロボット兵の動作音が聞こえます。複数ある地下入口から、ノヴェ・パカリーニャの人間兵とロボット兵が向かってきています。基地内部の防衛を増強するつもりのようです」
トムレディーの願いも
彼女は敵が迫りつつあることを報告しながら対応策を練り、すぐに新たな案を伝えた。
「隊を、制圧班と防衛班に分割します。私は防衛班としてここに残り、敵を食い止めます。トゥールソン隊長、あなたは制圧班を指揮してください」
トゥールソンは険しい顔をして、身振りも手振りもせずに言った。
「待て、人員も時間も限られているんだ。足止めは、俺の部下八名だけで充分だ。制圧班に戦力を集中させ、迅速に攻め込む必要がある。基地の中枢は堅守されているんだからな」
「承服しかねます。防衛を軽視した不安定な戦略では、成功確率が低下してしまいます」
渋るトムレディーに、トゥールソンが古参兵としての経験を元に導き出した戦略を語る。
「賭けるしかないんだよ。あんたもわかってるはずだ。向こうには、ロボット兵がわんさか揃ってる。戦力に差があり過ぎるんだよ。
だから戦力を集約して、一気に制圧を試みるしかない。
後退しながら爆発物を上手く使って攻撃すれば、少人数でも充分に足止めできる。俺の部隊は、そういった訓練も受けている。
トムレディー、あんたは捨て身で防衛しようとしているんだろうが、それでは、あんたの戦力を有効活用できない。俺と共に、電撃的な制圧に命を懸けろ」
トゥールソンはそう言い終えてすぐ、部下に命令を下した。
「第二分隊はここに残って、いま言ったとおりに防衛しろ。それ以外は、俺について来い。トムレディー、お前もついて来るんだ!」
トムレディーは瞬時に思考を終えて答えた。
「わかりました。私が破損覚悟で先行して敵を排除し、部隊の生存率を上げます」
「有能だな。そう命じようと思っていたんだ。敵が迫ってる。急ぐぞ」
トムレディーは先陣を切り、被弾して擬似透明化迷彩の機能を失いながらも速やかに敵を排除して、活路を切り開く。
地上から地下防衛に回されたノヴェ・パカリーニャ軍から背後を取られかねない状況に陥った侵入部隊が、地下通路を駆けてミサイル発射管制室を目指している頃、アメリカ合衆国大統領の親書を携えた特使を乗せた超音速機が、未明の空を裂くように飛び、イギリス上空に接近していた。
いよいよイギリスの領空に入ろうかという時だった。超音速機は地対空ミサイルによって攻撃を受け、無残に撃墜された。
イギリスでもアメリカ合衆国と同様の混乱が発生しており、その結果、イギリス軍は未確認のまま、レーダーの反応を頼りに防衛行動に出てしまったのだった。
撃墜された超音速機が、特使を乗せたまま海に墜落して巨大な水柱を上げた頃、アパラチコーラ空軍基地の中枢にある作戦司令室の、さらに奥にあるミサイル発射管制室で、ノヴェ・パカリーニャの代表であるブルガーニン暫定大統領が、母から報告を受けていた。
「ミサイル発射規制プログラムを解除するまで、まだ時間がかかります」
「そうか。だが、焦る必要はない。連中が、このミサイル発射管制室に到達することはない。この部屋の扉を守るため、作戦司令室にはクレムリン連隊の精鋭部隊を配置している。さらに、その前室にあたる作戦説明室には、最高の防衛線を敷いておいた」
母は、ブルガーニンの言う最高の防衛線という言葉が何を指しているのかをすぐに理解し、口角を鋭く上げて微笑みながら言った。
「なるほど。充分すぎるほどの時間を稼げそうですね」
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