第九章 23
十六名の侵入部隊は、順調に敵を排除しながら進攻を続けた。
岐路で分割配置してきた隊員たちが彼らの背中を守ってくれているので、後ろを警戒する必要はない。
安心しきって先を急ぐ部隊の背後から、突然、身の毛がよだつような呻き声がした。
全員がその異音に気づき、立ち止まる。
アレクセイが本能的警戒を感じながら振り返ると、そこには、首から大量の血を噴き出しているマトス一等兵曹長の姿があった。
部下に進攻指揮を任せて、保護対象であるアレクセイとオリガを自ら護衛していた彼は、目を剥き、何度か口を動かしてから膝を突き、そして、ばたりと倒れた。
その背後には無骨な形状をした、ロシア製と思われるロボット兵の姿があった。
その手には、血が付着した艶消し加工のナイフが握られている。
アレクセイとオリガの肌が粟立つのと同時に、敵ロボット兵が音もなく動き、流れるような動作で、二人の前に立っていた兵士たちの首に凶刃を突き立てていく。
その殺戮人形は、隊の中心で守られている新生ロシア人の二名にとてつもない速度で接近し、オリガの首に狙いを定めて襲いかかった。
その瞬間、隊の先頭にいたはずのトムレディーが間に入り、レーザーナイフで敵ロボット兵の胸部を
トムレディーが振り返り、肩を落として言う。
「地上を防衛していた敵ロボット兵が、地下防衛に回されたのかもしれません。極めて危険な状況に陥りつつあります。先を急ぎましょう。このままでは背後を突かれます」
突然の襲撃により隊員が六名にまで減ってしまったが、敵から探知されてしまうので通信ができず、分割された隊員たちとは合流できない。
アレクセイ達は足音を聞きつけられることを覚悟の上で、その場から走って離脱し、ある程度進んだところで、一転して足音を潜めた。
曲がり角に差し掛かるたびに緊張を強いられながら、迷路のように改装された地下通路を慎重に進攻している最中、トムレディーはある計画を立案し、人知れず実行した。
それがうまく行くかどうかは未知数だったが、その不確かな代替策に賭けるしかなかった。
敵の防衛拠点での戦闘が長引き、さらに二名の人員が失われた。
肉薄してきた死の影が、アレクセイとオリガの体を小さく震えさせ始めた時のことだった。
「待たせてすまなかった」
背後から聞こえてきたその声を聞いたアレクセイとオリガは、身を強張らせた。
二人は強烈な怒りを放つ瞳で、忘れたくても忘れられない声のするほうを振り返り、睨む。
その視線の先には、彼らを拉致したCIA実働部隊を率いていた、現場オペレーターのウルリク・トゥールソンの姿があった。
彼の後ろには、軍に卸されていない最新の人工筋肉式外骨格型スーツを着込んだ十二人の男女のCIA実働部隊員が、神妙な面持ちで控えている。
筋骨隆々の体、太い顎、短く刈り込んだブロンドという、絶対に忘れられないであろう主犯格の風貌を捉えたアレクセイの目が、時を刻むごとに怒りの色を強めていく。
その怒りを感じ取ったトムレディーが素早く双方の間に入り、
「私が呼び出しました。敵ロボット兵の索敵を掻い潜ってここまで到達できるのは、彼らのような隠密部隊だけです。彼らの手によって拉致されたわけですから良い気はしないでしょうけれど、人員が不足する中でこの作戦を成功させるには、彼らの力が必要なのです」
睨むのをやめないアレクセイと怯えるオリガを落ち着かせるため、トムレディーは詳細を語って聞かせることにした。
状況が把握できれば、怒りや不安も軽減すると判断してのことだった。
「じつは、あなた方をCIAの施設から逃がしたあと、正体不明の組織――つまりノヴェ・パカリーニャに監禁されたと予測された時点で、すでに彼らと連絡を取っていました。万が一の時に利用しようと考えたからです。
私は、あなた方が陰謀の被害者であることを伝え、彼らを糾弾しました。
あなた方がコンテナ船にいることを突き止められたのも、じつは彼らの協力があったからです。
彼らは自らの行為を恥じ、奪還作戦に協力してくれました。そして、また何らかの問題が発生した場合は、通信で呼び出してくれれば駆けつけると確約してくれました。
もし通信ができない場合は、微弱なニュートリノ通信を発すれば、それを探知機で拾って駆けつけるという約束もしていました。
私は念のため、地下を進攻している最中、微小なニュートリノ発信機をいくつか設置しておいたのです。そして、隊員が六名にまで減ったのを受けて発信機を起動し、彼らを呼び出しました」
トムレディーの背後にいるトゥールソンが、話を繋ぐ。
「発信機を辿って、急いで駆けつけた。責任を感じた我々はトムレディーの指揮下に入り、ノヴェ・パカリーニャから逃れた君たちの居場所を常に把握し、離れた場所から護衛しながら、ずっと待機していた。この作戦が開始され、掘削作業が始まった時から、ずっと近くに潜んでいたんだ」
トゥールソンはそう語り終えると、トムレディーの前に歩み出て、二人の新生ロシア人に威圧感を与えないように、少し離れた位置で立ち止まって挨拶をした。
「名乗るのは初めてだな。私の名はトゥールソンだ。一ヶ月前は、大変申し訳なかった」
その謝罪をきっかけに、アレクセイの怒りが急激に膨張し、破裂した。
トゥールソンが改心しようが、目の前の男はアレクセイにとって、兄弟姉妹を地獄に追いやった敵なのだ。
彼は怒りに抗おうとせず、自ら望んで衝動に身を任せ、憤怒に震える拳を振り上げて、目の前に立つ恨めしい男に殴りかかった。
指の骨が折れることを厭わず全力で振るわれた拳が、トゥールソンの太い鼻をへし折ろうとしたその瞬間、トムレディーの手が、拳と鼻の間に入った。
彼女は精密な動作で、拳の運動エネルギーを横に受け流し、体勢を崩すアレクセイの体を受け止めて、怪我をしないようにうまく制止させた。
トムレディーは焦りのせいで思わず口調を荒らげて、怒れる新生ロシア人を
「お願い、落ち着いて。彼らは末端の人間で、命令に従うだけの存在なの」
その言葉によって、アレクセイの脳裏に父の姿が浮かんだ。
父は言った。戦争は、人の自由を奪う。選択の自由はなかった。
恨みという忌むべき感情の破裂を抑え込むことに成功したものの脱力して佇むアレクセイに、トゥールソンが歩み寄り、張りのない声で言った。
「申し訳なかった。我々は、謝罪の気持ちを行動で示すために来たんだ。君たちの兄弟がいる部隊にも、俺の部下を送ってある。あいつらがきっと守ってくれる。安心してくれ」
やはり素直に許す気になどなれないアレクセイだったが、なんとか恨みを押し込めて、反省を示すトゥールソンに言った。
「礼は、この作戦が成功してから言わせてもらう」
その言葉に、トゥールソンは真剣な面持ちで答えた。
「感謝する。そうなるように努める」
双方は全面的に和解するまでには至らなかったが、確固たる協力関係を結ぶことに成功し、共に進攻を開始した。
戦死したマトス一等兵曹長に代わり、元海兵隊中尉であるトゥールソンが隊長を務めることになり、その部下であるCIA実働部隊が侵入部隊に加入した。
新生ロシア人とアンドロイドを含めて合計二十名となった部隊は、再び、基地の中枢にあるミサイル発射管制室へと急ぐ。
時間はあまり残されていない。
ミサイル発射規制プログラムを破るのは困難ではあるが、ノヴェ・パカリーニャの技術力を持ってすれば、いずれは必ず突破されてしまう。
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