第九章 17

 空母の航路を予測しながら飛行する一団は、作戦どおりにTA―MH8小型強襲ヘリを先遣して反応を伺いながら空母を探した。


 しばらくして、先遣したヘリに通信が入った。


 第一世代の五人に成り済ました囮装置を載せた小型強襲ヘリが空母に近づいたところ、何の問題もなく着艦することに成功したのを受けて、トムレディーは空母が乗っ取られていないと確信し、空母へと向かった。




 核融合炉空母スティーブン・クロウリーは通信異常が発生したのを受けて、念のために本国へと引き返している最中だった。




 透明感が溢れる柔らかな朝日が、核融合炉空母スティーブン・クロウリーの四角錐台形の艦橋と、延べ棒のように角ばった船体を照らし出す。


 強力な推進力によって波を切るその姿は、まるで動く島のようだ。


 その周囲には、旗艦と同様に延べ棒のような船体をした、六隻の護衛駆逐艦が随行している。同じく随行しているはずの潜水艦は、規定どおりに潜航して先行しているので、その姿は確認できない。


 ジェラルド・R・フォード級の二倍の艦内容積を誇る核融合炉空母スティーブン・クロウリーは、第三次世界大戦終結から十五年後に就航した最先端空母で、連続する核融合爆発によって海面上に常時浮上できる新世代空母の雛形艦となっている。


 スティーブン・クロウリーという名は、第三次世界大戦を勝利へと導いた大統領に由来している。現在も存命している人物の名が冠された、数少ない空母の一つだ。


 交戦時には浮上し、船体の外周に並ぶ核融合パルス装置によって推進力を発生させ、全方位へ自在に回避行動できる。


 艦船というよりは、海面を滑るミサイルのような空母だ。


 連続する核融合爆発による浮上は交戦時のみに限られ、通常時には着水して待機する。特徴的な形状をしているが、喫水線下は従来の艦船と相違ない。


 延べ棒に似た特徴的な錐台船体は、吸収しきれなかった電磁波を上空へと反射させてステルス性を高めるための仕組みだ。


 ただし、空からの索敵レーダー照射に弱いので、自動哨戒機と自動戦闘機を常に飛ばしている。


 迷彩技術が進歩した艦船は、まるで大昔に繰り広げられていた潜水艦同士の戦いのように、かすかな電波や振動を探り合って交戦することを想定して建造されるようになった。


 錐台形をした船体はステルス性能の向上させるだけでなく、搭載容積を増やすのにも一役買っており、有り余るほどの航空機を抱えることが可能となっている。




 トムレディーは海軍の核融合炉空母スティーブン・クロウリーにHC―MH42大型輸送ヘリを着艦させながら、安堵感を隠さずに言った。



「空母が乗っ取られずに済んだのは幸運でした。艦船特有の複雑な構造のせいで制圧するのは困難だと考えたのか、それとも航空機など必要ないと判断したのかは不明ですが、空母は鹵獲目標から外されていたようですね。さあ、降りましょう」



 空母の甲板に降り立ったアレクセイ達は体を休めることなく、トムレディーの指示どおり、アラカンの庇護の下、ロシア式の迷彩を無効化して可視化させる技術を空母のロボット兵に導入する作業に従事した。


 大統領からの特命を携えたトムレディーは、まず艦長に大統領からの指令を伝え、続いて状況を説明し、それから上級士官を交えての作戦会議を開いた。


 それが済むと、今度は艦内通信によって、本国の状況説明と作戦説明をおこなった。




 作戦は、単純だが大胆なものだった。


 スティーブン・クロウリー第一特別強襲大隊の第一中隊と第二中隊が、アパラチコーラ空軍基地に地下からの侵入を試みるというのだ。


 海軍の特別強襲部隊は、艦船強襲訓練と港湾施設制圧訓練を積み重ねており、狭い場所での近接戦闘に特化している。まさに、アパラチコーラ空軍基地奪還作戦にうってつけの部隊だ。


 トムレディーが空母で兵力を募った理由は、この特性を欲したからだった。




 二百五十人規模の中隊がそれぞれ東と西に分かれて、二方向から同時に地下を掘り進み、基地の地下部分から侵入し、基地機能がある中枢へと向かう。


 第三中隊と第四中隊は、第二陣として温存する。


 クラッキングされて乗っ取られてしまう恐れがあるため、凡庸なロボット兵を地下に連れて行くのは控えることとした。


 侵入に成功したあとは、裏を取られないように小隊単位で人員を切り離しながら地下施設内を進攻し、基地中心部にある作戦司令室の制圧を目指す。


 保護した新生ロシア人の五名が、ノヴェ・パカリーニャが施しているであろう各種防護プログラムを解除する役目を負って第一中隊と第二中隊に同行するので、彼らを死守しながら基地中枢へと向かう。


 その他の部隊とロボット兵は、基地周辺で交戦していると思われる地上部隊の支援に回る。



「作戦は明日に行われる。作戦開始時刻は、一八〇〇。輸送機によって移動を開始。目標地点への到着予定時刻は、二〇三〇。到着次第、掘削作戦を開始。地下施設に侵入したのち、中枢にある作戦司令室およびミサイル発射管制室を制圧、奪還する。以上で、概要説明を終える。これより、各部隊の任務に応じた訓練を実施する。訓練室にて待機せよ」



 そう告げて作戦説明を終了したトムレディーは、戦略模擬訓練室へと向かった。説明した侵入作戦を仮想空間内で再現して行われる、模擬訓練の指揮をするためだ。




 トムレディーは精密脳波送受信によって行われる仮想空間内での戦略模擬訓練に参加する兵士たちを指揮しながら、普段どおりの砕けた言葉遣いで、隣の席に座って同じように模擬訓練プログラムを支援しているアラカンに通信を入れた。



「髪型を変えたのね?」



「秘密作戦だと聞いたから変装してきたんだよ。衣服も、大旦那様のものを借りてきた」



「煩わせてしまって、ごめんなさい」



「このような事態に陥っているんだ、気にしないでくれ。呼ばれないほうが悲しいよ」



「そう言ってもらえると助かるわ。ねえ、アラカン。じつは、ひとつ腑に落ちないことがあるの。ノヴェ・パカリーニャはこれほどの制圧能力を有しているのだから、ホワイトハウスを陥落、もしくは破壊してもおかしくはないと思うのだけれど、それらを実行しなかったのはどうしてかしら。あなたはどう思う?」



 アラカンは仮想空間内に描写した敵兵を増員し、第二中隊の兵士が不測の事態に対処できるかどうかを試しながら、友の問いに答えた。



「連中は、通信さえ断絶させてしまえば、大統領が生きていようがいまいが関係ないと判断したようだ。現に、大統領による核の無効化は防がれてしまったし、ミサイルの自爆コードも通らなかった。大統領が何をしようと、実害は生じないと確信していたんだろう。彼らが欲しているのは、核兵器と、それを守る兵器のみらしい」



 トムレディーは仮想空間内に描写した敵兵を減らして防衛を手薄にしてみせて、第一中隊がその隙を突いて進攻速度を早めるという好判断ができるかを試しながら、アラカンの言葉が意味するところを分析して即答した。



「ノヴェ・パカリーニャは破壊手段のみを求めている、ということね?」



「そのとおりだ。しかし、きみの言うとおり、腑に落ちない点が残る。大規模なテロ組織のわりには、詰めが甘いという印象を受ける。もしかしたら、代替案として大統領との交渉の余地を残しているのかもしれない。もしくは、別の目的があるのか……」



「未来だけが、その答えを知ってる。どうやら、目の前の問題に対処するしかなさそうね。私たちの家族のためにも、何としてでも防がなければ」



 仮想空間内で戦闘中の第二中隊の負傷者が想定よりも多くなったことに不安を覚えながらも、アラカンは声色を明るくして言った。



「ああ、必ず守ってみせよう。しかし、妙な感じだ。昔、私はきみと激しく敵対していたのに、今はこうして手を組んで、共に戦っているのだからね」



「あの頃の私は、まだ若かったの。それに、あのような過去があったからこそ、私は強くなれた。全ては、この日のための試練だったのかもしれないわね」


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