第九章 16

 また一機、合衆国の翼が墜ちた。


 ノヴェ・パカリーニャは、アパラチコーラ空軍基地の周囲にアンドロイドを潜伏させており、電磁波迷彩が施された戦闘機が生じさせる空気の歪みを観測させ、座標と高度と進行方向と速度を計算して報告させることで、ミサイル基地の防衛システムによる効率的な迎撃を実行していた。


 それはミサイルに対しても同様で、全てが撃ち落された。


 アメリカ軍は基地奪還の足がかりを作れず、地上部隊を動かせずにいる。


 奪還作戦と平行して、アメリカ合衆国大統領は核の無効化を試みたが、それも失敗に終わった。基地や核弾頭の自爆システムは、ノヴェ・パカリーニャによって、すでに改竄されていた。


 復讐のために技術を磨いてきた新生ロシア人のほうが、一枚も二枚も上手うわてだった。


 アメリカ合衆国と同様に、各国のミサイル基地も制圧され、奪還作戦を開始していた。しかし、世界中の通信網が引き裂かれて機能していない今、各国間で武力組織の情報を共有することはできなかった。


 アメリカ合衆国以外の国は、正体不明の武力組織がノヴェ・パカリーニャという名前の新生ロシア人組織であることすらも把握できていない。各国政府は共通の敵と戦っているのだが、情報を共有することができず、謎の脅威との孤独な戦いを強いられている。




 ヘリを駆るトムレディーは、通信妨害によって混乱状態に陥ったいくつもの街の上空を飛び越えてホワイトハウスに辿り着き、その地下深くから伸びる長い自動歩道を駆け、緊急退避した大統領に詳細を報告した。


 直接報告を受けたことで事態を正しく把握した大統領は、先進国同士で核兵器を撃ち合ってしまう事態を避けるため、特使を立てて超音速機に搭乗させ、東回りに各国を巡って状況を説明するよう命じてから、困難な執務に戻った。




 ヘリのローター音が闇夜の静けさを破り、アレクセイ達の防衛本能を揺さぶる。


 敵襲かと身構えた彼らだったが、ヘリに乗って隠れ家に襲来したのは敵ではなかった。


 地下シェルターで大統領と面談したトムレディーが、輸送ヘリに乗ってヴァージニア州ノーフォークの工業地帯にある大規模工場跡の隠れ家に戻ってきたのだ。彼女はドアを開けるなり叫んだ。



「私が呼び出した八体のロボット兵に対迷彩技術の改良を加え、各地の奪還部隊の下に送り出せましたか?」



 焦りから語気が強くなっているらしいトムレディーに気圧されながらも、オリガが気丈に答える。



「改良を終えて、言われたとおりに三体残して、五体を送り出しました。複数のロボット兵から、わざとタイミングをずらした電磁波と音波を小刻みに同期照射することで、相手の電磁波迷彩と音波迷彩の機能に綻びを生じさせ、それを感知して可視化する仕組みを加えました。人間兵も使えます。これで戦えるはずです!」



「感謝します。では、これより移動します。輸送ヘリに乗り込んでください!」



 外の駐車場には、ライトを点灯させたままの一機のHC―MH42大型輸送ヘリと、五機のTA―MH8小型強襲ヘリが着陸していた。


 隠れ家の窓を叩く強風を巻き起こした六機のヘリは、今もなおローターを回転させながら待機している。


 新生ロシア人の両親と弟妹を警護するためにホテルへと向かったヴェガ分析官を除いた、五名の新生ロシア人とトムレディーとアラカン、そして、彼らから対迷彩技術の改良を受けた三体のロボット兵は、ヘリのローターが巻き起こす風によって飛ばされた土埃と小石を体に受けながら、HC―MH42大型輸送ヘリに乗り込んだ。


 大型輸送ヘリを操縦して離陸させたトムレディーが、通信音声で今後の計画を説明する。



「早速ですが、ホワイトハウスで得られた情報を報告します。


 ノヴェ・パカリーニャは、通信機器の破壊、通信網への電子攻撃、妨害電波発生器による旧式通信機の無力化を同時に実行したものと思われます。


 妨害電波の強度が均等であるため、妨害電波の発生地点が掴めず、妨害電波発生器の在り処が掴めないそうです。


 妨害電波発生器は、街灯、地下電線、車両、ひょっとしたら各家庭にある家電製品に仕込まれている可能性もありますが、これらを一つひとつ調べる時間的余裕などありません。


 政府は電磁パルスによって妨害機器の一掃を図りましたが、防護されているらしく効果はなかったそうです。


 各地の基地は、瞬く間に奪われたそうです。内部から崩され、制圧されたのでしょう。一発も核ミサイルが発射されてないということは、連中が核兵器使用規制の解除に手間取っていることを意味していますが、それもいつかは解除されてしまうでしょう。時間がありません」



 トムレディーは一旦言葉を切って、仲間からの返信を待った。


 質問がないことを確認すると、彼女はヘリの行き先についての説明を開始した。



「これより打って出ます。賭けになりますが、空母と合流したいと思います。


 ちょうど六日前、バージニア州ニューポートニューズの造船所で大規模改修を済ませたアメリカ海軍第七艦隊所属の核融合炉空母スティーブン・クロウリーが、同じく改修された六隻の護衛駆逐艦と一隻の潜水艦を引き連れ、配属先であるハワイのパールハーバー・ヒッカム統合基地に向かって出航しました。


 さほど遠くへは行っていないはずです。通信が途切れたことを受けて、本国に引き返している可能性もあるので、すぐに合流できるかもしれません」



 当惑するオリガが、脳神経インプラントを介して問う。



「どうして、わざわざ空母と合流をするの?」



「状況を打破するのに必要な人員と兵器を確保するためです。地上の基地は、奴らの手に落ちました。艦隊には、状況打開に不可欠な能力を有する部隊がいるのです」



「空母にも敵が潜入している可能性があるのでは?」



 アレクセイが指摘すると、トムレディーはそれを予測していたかのように即答した。



「ええ、もちろんそうです。もし空母スティーブン・クロウリーが敵の手に落ちていた場合、新生ロシア人が乗っているこのヘリは即刻撃墜されるでしょう。


 何故ならば、あなた方は、ノヴェ・パカリーニャが使用するプログラムを破ることのできる唯一の存在であり、彼らからすれば、一刻も早く排除したい天敵だからです。彼らは、あなた方の存在を確認次第、抹殺しようとするでしょう。


 つまり、このヘリが撃墜されたならば、空母は敵の手に落ちていると判断でき、撃墜されずに済んだならば、空母は乗っ取られていないと判断できます。


 強引な判別手段となりますが、他に手はありません。もちろん、あなた方を殺させはしません。まずはTA―MH8小型強襲ヘリを操縦しているロボット兵を先遣させ、最新の擬態装置を使ってあなた方が乗っていると思わせて、反応を伺います」



 命の危機を感じたエカテリーナが、トムレディーの作戦に異を唱えた。



「待って、そんなの強引すぎるわ。攻撃されて落とされてしまう」



 それに対し、トムレディーは厳しい口調で叱責するように言い聞かせる。



「撃墜されない保証はありません。しかし、これしか方法がないんです。我々とあなた方は、すでに戦場の真っ只中にいるんです。早急に作戦を遂行するためには、すぐに戦力をかき集めなければなりません。


 多少危険な手段を使ってでも、敵を炙り出す必要があります。我々はもう、こうすることでしか活路を見出せません。それほどまでに追い詰められているんです。戦場で生き延びるには、死を恐れずにひたすら走るしかないんです」



 アレクセイ達は、自身が戦争に巻き込まれているだけでなく、重要な使命を担っていることを改めて自覚し、消沈しょうちんし、沈黙した。


 五人の呼吸が重苦しくなったのを敏感な聴覚センサーで感じ取ったトムレディーは、国家所属のアンドロイドとしてではなく、ただのアンドロイドとして語りかけた。



「厳しいことを言って、ごめんなさい。私もこんな手段を採りたくはないのだけど、こうするしかないの。どうか覚悟を決めて。ごめんなさい。本当に、ごめんなさい」



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