第九章 10
無振動サスペンションを装備したワゴン車が、少し寂れた町をひた走る。
車窓からは、高い強度と剛性を誇る無劣化有機建材によって作られた奇異な形をした工場が、いくつも見えた。
外の世界に出てから大分経つが、建造物が地上から空に向かって伸びている風景は新鮮で、眺めるのをやめられなかった。
遠くに見える一際大きな商業ビルが寂しそうにそびえ立っているのを見た兄弟姉妹は、思わずニコライを連想した。
兄弟の中で最も思慮深く、孤高という言葉がよく似合う彼は今、ひとり離れた場所で、誤った価値観によって育まれた悪意を抱く男に飲み込まれている。
疲労によって脱力しきった体をシートに預けながら、どうやって救えばいいのかと幾度も解決方法を考えるが、よい考えなど浮かぶはずもなかった。
彼らが置かれた状況は、あまりにも過酷で、あまりにも不遇だからだ。
アレクセイ達は、トムレディーの要望に答えて組織の構成員の顔画像をすべて送信してから、目を閉じて体を休めた。
だが、眠りは訪れなかった。
長期間に渡って満足な睡眠を得られずに消耗しきっているにもかかわらず、精神的疲労と恐怖と不安が、彼らに緊張と集中を要求し続けるのだった。
空が白け始めた頃、ワゴン車は寂れた工場と先進的な工場が混在する工業地帯を走っていた。
五人はトムレディーが携行していた簡易栄養食を黙々とかじりながら、離ればなれになった兄弟のことを考えていた。
彼らが食べているのは、栄養とともに味覚を重視した携行食なのだが、五人はそれを少しも美味しいとは感じなかった。
これほど味気ない食事は初めてだった。どん底にまで落ちた精神が、根源的な喜びの一切を遮断しているからだ。
もう使われなくなって久しい大規模工場の前で、車が急に減速する。
何事かと目を剥く第一世代の五人に、トムレディーは最前席から微笑んでみせ、ここが隠れ家だと説明した。
トムレディーの無線命令で、土埃の汚れが目立つ工場の鉄柵ゲートが開かれると、車は工場の敷地に進入し、だだっ広い駐車場を通り抜けて、工場入り口の前で停まった。
降車した五人はトムレディーに導かれて、工場内部へと足を踏み入れる。
劣化を防ぐ保護剤が塗られているおかげで、工場内は新築同然の清潔感を保っていたが、全域に渡って乾いた埃が積もっており、カラカラになった羽虫の死骸が散乱する部屋の隅の上方には、真新しい蜘蛛の巣があった。
その付近には、以前にその縄張りを保持していた蜘蛛が置き去ったと思われる古い糸が埃まみれになって、だらしなくぶら下がっている。
工業用機械メーカーの大規模工場跡の事務室に足を踏み入れると、そこには、アフリカ系とラテン系の遺伝子が交わったムラートのような風貌をした丸刈りの男性が、事務用の簡素な椅子に座って待っていた。
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