第九章 6

 三時間ほど経った頃、トラックが停車し、コンテナの扉が乱暴に開け放たれた。空はすっかり白んでいて、眩しい朝日が六人の瞼を透過し、網膜を刺激する。


 朝日に起こされた六人が、眠気と日差しの刺激に顔をしかめながらコンテナの外に目を向けると、開け放たれたコンテナの扉のところに、男がひとり立っていた。


 逆光状態になっていて顔がよく見えないが、どうやらそのシルエットの主は、昨日助けてくれたダークブラウンの髪をした筋肉質の男のもののようだった。


 その隣に、コンテナに乗り込んだ際に優しい笑顔をくれた、線の細いブロンドの男の姿はない。


 ダークブラウンの髪をした筋肉質の男が、ロシア語で無骨に言った。



「降りろ、ここが新しい家だ」



 冷ややかな声の響きから察するに、男は仏頂面をしているらしかった。


 状況に違和感を覚えながらも、第一世代の六人は灰色のコンテナから恐る恐る外に出て、周囲を見渡す。


 連れて来られた場所は、どうやら港湾施設らしかった。


 目の前の海には、見上げるほど巨大なコンテナ船が少しも揺れることなく浮かんでおり、同じく巨大なクレーンが、甲板から四つのコンテナをひとまとめに掴み上げているところだった。



「さっさと船の中に入るんだ。もたもたしてると見つかるだろうが。あっちだ」



 筋肉質の男は、ぽっかりと口を開けているコンテナ船の後部ハッチを指差した。その中には沢山の一般貨物が並び、荷揚げされるのを待っていた。


 アレクセイは、あらゆる人種の労働者の男女が、運搬作業ロボットの監督をしている風景に違和感を覚えた。全てが自動化されているので、人手はそれほど必要ないはずなのだが、妙に人数が多い。



「例の客人を連れてきた。案内して差し上げろ!」



 突然、筋肉質の男がそう叫ぶと、運搬作業ロボットを監督していた作業服姿のアフリカ系の男とフランス系の女が、無表情な顔と無感情な目線を向けながら近づいてきた。



「ご案内します。どうぞ、こちらへ」



 フランス系の女は、そう言ってアレクセイ達を先導した。


 六人は辺りを見回しながら、男女の後に続いて船内へと足を踏み入れる。


 船内は清潔で、過ごしやすい環境が整っているようだったが、何故だか空気は冷えていて、異様に薄暗く感じられた。


 第一世代を船内に案内した男女からは正の感情が微塵も感じられず、まるで貨物として扱われているかのようで、妙に不安を煽られる。


 エカテリーナは身を縮こませて、監禁生活ですっかりくたびれたアレクセイの制服の左袖をぎゅっと掴みながら、脳神経インプラントを介して通信した。



「この人たち、なんだか怖いよ」



 返事をする間もなく、異変が発生した。警告音が鳴ると同時に、天井の黄色い警告灯が明滅し、背後から地鳴りのようなくぐもった音が聞こえてきた。


 アレクセイ達がはっとして振り返ると、跳ね上げ方式の後部ハッチがゆっくりとせり上がり、外の風景を遮断し始めていた。


 閉じ込められる。


 そう思ったが、驚きと恐れによって体が硬直して動けなかった。



「代表が、お待ちです」



 無表情のアフリカ系の男はそう言いながら、六人と後部ハッチの間に回った。周囲にいた労働者たちが男の横に整列し、六人の退路を断つ。


 それは明らかに異様な光景だった。



「奥へどうぞ」



 背後にいるフランス系の女が冷たく言い放ったその言葉に、第一世代全員が、驚きと寒気に身を跳ねさせた。


 しかし、六人は振り向かなかった。硬く閉じられた後部ハッチの前に整列する男たちから何をされるかわからないので、目を離すわけにはいかなかったのだ。


 その懸念は現実のものとなった。


 整列する男たちは無言のまま、ゆっくりと歩き出したのだ。


 アレクセイ達はその壁に押し込まれ、貨物の間を縫うようにしながら後退するしかなかった。彼らは小型貨物置場の奥に追い込まれ、開けた場所まで押し込まれてしまった。


 すると突然、またも驚くべき光景が、彼らの目に飛び込んできた。


 壁となって迫る男たちが、ぴたりと歩みを止め、突として敬礼をしたのだ。


 その目線を追って後ろを振り返ると、そこには、ホテルの大きなパーティー会場より一回りも二回りも広い空間が広がっていて、整列している沢山の男女の背中が、ずらりと並んでいた。


 彼らも同じように敬礼をしているが、真正面ではなく、上方に向けて敬礼をしているようだった。


 その目線の先には、広い空間をぐるりと取り囲むようにして作られた二階の通路があり、目を凝らして確認してみると、そこには見るからに高級そうな光沢を放つスーツを身に纏った、四十台後半と思しき男が立っていた。


 整列する男女は、どうやらその男に向かって敬礼をしているらしかった。


 まるで、よく訓練された軍人のように。


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