第八章 4

 アメリカ合衆国東部時間、午後七時二十六分。


 ニューヨーク州のジョン・F・ケネディ国際空港に降り立った十二人と三体と一匹の新生ロシア人一家は、国連職員の出迎えを受けた。




 駐車場には、第一世代が希望したとおり、綺麗で立派な貸切バスが用意されていた。


 一家は眠ってしまった第二世代を背負ってバスに乗り込み、国際連合本部ビル近くのホテルに向かった。


 彼らの体内時計は、午前三時頃を指している。時差に対応できず眠気に負けた第二世代は、機内に続いてバスでも同じようにシートにもたれ、溶けるように脱力して夢を見ている。




 両親は、滑るように走行するバスの車窓から街を眺めた。


 交通情報が統合されている都市コンピュータによって安全管理された自動運転車が、規則正しく往来している。


 全ての走行データと歩行者位置情報を管理しているので、事故など起こりようがない。




 両親とアトヴァーガと第一世代の六人は、座席に埋め込まれたホログラムテレビから聞こえてきた言葉に興味をそそられた。


 その報道番組は、父の容姿がロシア連邦最後の大統領と酷似していると伝えていた。


 第一世代の六人は、教科書データに載っていたマリーニン大統領の顔を初めて見た時の衝撃をアトヴァーガに説明しながら、思い出話に花を咲かせた。


 報道番組は、顔が似ていることを好意的に伝えていた。


 マリーニン大統領は穏健派として知られていたため、世界の人々は、彼と同じ顔をしている父に対して不信感や反感を抱くことはなかった。


 会見でのオリガの質疑応答によって信頼が増していたことも、好感度上昇に一役買っていた。




 ホテルの前でバスを降りた家族は、第一世代の案内で超高層ホテルに足を踏み入れ、すでに手続きを済ませておいた大所帯向けの部屋へと向かった。


 エレベーターの中では、兄姉からおんぶしてもらっている弟妹が、やたらと眩しい照明のせいで目覚めて顔をしかめたあと、再び眠気に身を委ねた。


 部屋に着くと、家族はすぐに第二世代をベッドに寝かせてから、ゆっくりと体を休めた。第二世代が目覚めたときに不安にならないよう、両親は彼らの傍で夜を明かす。




 翌日、家族は国際的に名高い平和団体に招かれて、ニューヨークの国際連合本部ビルで行われる会合へと向かった。


 報道関係者も詰めかけている会場で、両親は平和の父と母として講演をした。


 人間であれば緊張するであろう場面だが、機械の両親は、いとも簡単に講演を成し遂げ、絶望の地で子供たちを育てた親として尊敬を集めた。


 揺るぎない平和を構築することを最優先し、あの子達の居場所を作ってあげなければ。


 父はそう願い、機会があれば何億回でも講演をしようと誓うのだった。




 講演後の軽食パーティーでは、平和の母が婦人会の面々に取り囲まれ、質問攻めに遭っていた。


 伴侶と離れ離れになり、ひとり席に座る平和の父のところに、オリガに先導された見知らぬ若い女性がやってきた。


 簡素ながらも上質な生地であつえられたスーツに身を包んだその女性は、照明の光をブロンドの長い髪に反射させながら挨拶をした。


「はじめまして、世界公益通信社のキャロライン・モレッティと申します。オリガさん達の会見の進行をさせていただいたんです。その後も特別にインタビューさせていただくなど、大変お世話になっております」


 目の前にいる女性が、子供たちの土産話に登場した記者であることに気づいた父は、微笑んでみせてから、彼女が左薬指に指輪をしていることを踏まえて言葉を選び、挨拶した。


「はじめまして、ミスィズ・モレッティ。こちらこそ、子供たちが大変お世話になりました。これほど熱烈な歓迎をしていただけるのも、素敵なインタビューをしてくださった貴女の御尽力があってこそでしょう。ありがとうございます」


 父とモレッティは、オリガを交えて簡単な質疑応答をするなどしたあと、個人的な会話を始めた。


 モレッティが仕事を忘れて、自身の家族について語り出す。



「じつは、私の実家の家庭用アンドロイドが、あなたそっくりなんですよ」


 父が、眉を上げて問う。


「それは興味深い。どのような点が似ているのですか?」


「家族思いなところです。もしよろしければ、実家のアンドロイドと会ってみませんか?」


「それは嬉しい申し出です。是非ともお会いしたいですね。長年、合衆国の仲間と話していないので楽しみですよ」



 そう約束したあと、父は席を立って、オリガと共に外交さながらの挨拶回りをした。


 平和団体の講演会のパーティーがお開きとなったあと、夫婦はそれぞれ別行動を取ることになった。


 妻は婦人会の会合に向かい、夫は会議室でキャロライン・モレッティから呼び出された家庭用アンドロイドと対面し、同属との久々の会話を楽しんだ。


 第二世代の子供たちは第一世代に連れられて、時差ボケと戦いながら街を観光し、疲れきってホテルに帰還して、そのまま寝入った。

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