第八章 3

 二二五六年、七月八日。


 第一世代が旅立ってから、ちょうど二ヶ月が経った。


 両親は第二世代に数学の授業を施しながら、その裏で、いつものように無線通信を介して会話をしていた。



「目から遠くなると、心に近くなる。このことわざの通りですね」



「本当だな。見えないところに言ってしまった者は、心の中で存在が大きくなる。遠くに行ってしまうと、なおさら恋しくなってしまう。第二世代の子供たちと過ごしていても、やはり寂しさは拭えない。心、すなわち思考回路が安定して機能してくれず、あの子たちの記憶データを何度も自動再生させる」



 そう言った父のコンピュータ内で、第一世代の姿を捉えた記録映像が思わず再生されるのと同時に、シェルターのメインコンピュータから緊急事態警報が届いた。


 妻はすぐさまメインコンピュータに接続して、第二世代が怖がらないようにサイレンが鳴るのを阻止し、シェルターに降りかかった緊急事態の内容を把握してから、改めて夫と通信を結んだ。



「何者かが近づいてきています」


「敵だろうか、それとも――」



 夫の言葉を遮ったのは、聞き慣れた声だった。ずっとずっと待ちわびていた声だった。



「ごめんね、父さん、母さん。オリガだよ。驚かせてごめんなさい。会見をしたり取材を受けたりして、こんなに時間がかかっちゃったの。遅れてしまったけど、迎えに来たよ!」



 両親は、全てを悟った。


 迎えに来たと発言したということは、第一世代が地上の人々とうまく融和し、居場所を得たことを意味していた。


 彼らは、自分たちの夢と祖国の悲願を、平和的な形で達成したのだ。




 第一世代は、出発した時と同じように迷彩技術を活用しながら、誰にも知られることなく、我が家へと帰還した。


 両親は兄姉が戻ったことを第二世代に伝え、一家揃って重機置き場で出迎えた。


 第一世代は、自分たちが作り置いていった贈り物である新型のアンドロイド機体に換装した両親と再会の抱擁をして、互いの無事を喜び合った。


 親子は再会の挨拶もほどほどに、地上進出計画書に従って両親が製造しておいた同型の装甲車と輸送車の調整に取り掛かった。


 その後、全ての家畜を輸送車に移し、核融合炉を停止させ、シェルターの情報を自身の記憶媒体に移し、メインコンピュータに記録されている全ての情報を廃棄してから荷造りをした。




 家族は、それぞれ大切な手荷物を抱えて、二台の装甲車と一台の大型輸送車の前に集合した。


 第二世代のヴィクトルは、サッカーボールとシューズ。


 エレーナは、高画質の撮影機。


 タチヤーナは、有名スポーツ選手たちの復元ユニフォーム。


 ヴァシーリーは、自分専用の調理道具。


 マリーヤは、バレエのトウシューズ。


 そしてパーヴェルは、画材と、ロシアンブルーの雄猫であるラードゥガが入っているキャリーバッグを大事に抱えている。


 第二世代は荷物を一旦置き、一回り小さい対放射線スーツに身を包んで、出発の時を待った。


 十歳の心は、大きな期待と小さな緊張とわずかな恐怖で、いつもとは違う鼓動を刻んでいた。


 地上進出を成功させた第一世代が、二台の装甲車に分乗して、指揮と運転を担当する。




 家族も同じようにして分乗し、いよいよ、地上への引越しが始まった。


 第一世代が凱旋する際に掘削した穴を辿って、無事に地上に出た二台の装甲車は、前回と同じようにして穴を隠し、車体に施された全対応迷彩によって軍事衛星の監視と探査から逃れながら、西のベラルーシへとひた走る。


 ベラルーシに入国した家族は、動物保護園で家畜に別れを告げ、今風の服装に着替えて、それからミンスクの空港に乗りつけ、父が所属していたアメリカ合衆国へと向かうための手続きをした。


 出国手続きは、すぐに済んだ。第一世代が家に帰る前に、全てを手配していたのだ。


 父は、空港で個体識別番号を読み取られたらアメリカ合衆国所属のロボット兵であることが明らかになってしまうと焦ったが、全て話してあると第一世代から説明を受け、穏やかな心持ちで搭乗手続きをした。


 第一世代は旅客機に乗り込む前に、両親に無線通信で語りかけ、虐殺の件は隠しているから話さないでと、改めて念を押した。


 父は子供たちの言うとおり、アメリカ軍の生存者捜索隊としてロシアに降下したという嘘の情報を、自身に入力した。世界はまだ、血生臭い現実を受け止められる段階にない。

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