第七章 5

 意気軒昂と野を駆け出した第一世代だったが、その胸中は相反してひどく震えていた。


 時が経つごとに、地上という戦乱の舞台に身を晒していることを意識してしまい、実体を伴った恐怖感に襲われ始めたからだ。


 シェルター内での特別授業で観た戦争映像が、脳裏をよぎり続けて止まらない。車内を満たす重苦しい空気を晴らすような言葉を思いつくことができず、六人は沈黙に溺れた。


 特製の静穏タイヤが、放射性物質に犯された大地を音もなく蹴り続ける。静粛性に優れた車体が、かえって車内の沈黙を強調させ、気を滅入らせた。




 荒野を走る装甲車の中は、極度の緊張によって重苦しくなった空気が充満していたが、やがてそれを晴らそうとする者が現れた。ニコライだ。


「初めての旅行が、命懸けの旅になるとはな」


 第二球形居住空間にいるソーフィアが、通信を介して注意する。


「そういう冗談はやめてよ」


 予想に反して極度に緊張したソーフィアの声を聞いた五人は、面食らって沈黙した。この旅を最も楽しんでいるのは、冒険物語を好むソーフィアだろうと思い込んでいたからだ。


「なんで黙るの。注意しただけじゃない」


 そう憤るソーフィアを、アレクセイがなだめる。


「悪い。てっきり、この旅を楽しんでいるものだと思ってたから、少し驚いたんだよ」



「あたしは楽しんでるよ。でも、ふざける気はない。真面目に計器を確認しながら行こうよ。油断してると、重要な兆しを見落として大変なことになるんだから。映画で、そういうシーンがよくあるでしょ。お酒を飲みながら雑誌を読んでいたら座礁した、とか」



 この旅の過酷さと危険性を最も深く理解しているのは、幼い頃から様々な冒険を夢想してきたソーフィアだった。


 注意されたニコライが、大げさに頷きながらソーフィアに同意した。


「そのとおり、気を引き締めていかないとな。オレが悪かった」


 そう言ったあと、装甲車の内壁を裏拳でコンコンと小突き、一言。


「気をつけないと、こいつが大きな棺桶になってしまうからな」


「コーリャ!」


 五人がニコライの愛称を斉唱すると、兄弟姉妹は脳神経インプラントを介して無邪気に笑った。


 ニコライは同室にいるエカテリーナとアトヴァーガにだけ、狙いどおりだと言うように笑顔を見せながら、通信音声を発した。


「いい雰囲気だ。この調子で行こう。もちろん、油断せずにな」




 ニコライの配慮によって緊張と恐怖から解き放たれた一行は、万全の状態で索敵しながら、西に向かってひた走る。


 索敵方法は目視に限られているので断言はできないが、敵ロボット兵はもうロシアの地を巡回していないように思われた。


 どうやら敵国は虐殺命令を取り消し、ロボット兵たちを引き揚げさせたようだった。



 世界は、予想よりも平和な状態にある。六人は期待の膨張を止められなかった。幹線道路を走り、廃墟と化した街をいくつか通り抜け、西にあるベラルーシとの国境へと向かう。

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