第二章 13

「後方支援による代理戦争は、次第に特殊部隊による直接介入に進展し、やがてロシア連邦とアメリカ合衆国の正規軍による直接交戦にまで発展しました。交戦が多くなれば、当然ながら兵士の死傷者も増加します。その結果、世論は一気に反戦へと傾きました。この社会運動は、ロシア連邦だけでなく世界各国で発生しました」



「各国政府は苦慮しただろう。このままでは票が離れてしまう上に、判断が遅滞すれば、その分だけ敵対勢力が躍進してしまう。内外ともに混乱が生じる」


 妻は最後の内壁を建てつけて数歩下がり、壁に歪みがないかを確認しながら返信した。



「民意にほだされたアメリカ合衆国政府は、兵士の相棒としての性能を順調に伸ばしていた支援ロボットに、全ての戦闘行為を担わせると宣言しました。民衆は、兵士が死なないのなら問題ないと考えて支持し、アメリカ政府は早急にロボット兵の手配を始めました。ロボット兵による代理戦争時代の到来です。まず始めに、世界有数の武器輸出国となっていた日本とアメリカ合衆国の製品が普及し、ロシア連邦と中華人民共和国がそれを模倣することで、世界中でロボット兵が配備されていきました。このような経緯で、二一九〇年代初頭から徐々にロボット兵の投入が進み、我々の祖先は前線で戦い合うようになったのです。我々のような機械の使用は、無辜むこ条約に抵触しません」



「爆撃を禁じた結果、新たな兵器が進化し始めたのだな」



「ええ、これ以上の皮肉はありませんね。我々の祖先は戦禍に揉まれ、あらゆる技術革新を遂げていきます。後方支援が主な活動内容だった支援ロボットは、軍事行動を担うロボット兵となり、そして、あなたのような次世代ロボット兵へと進化していきました。彼らはあらゆる火器を使いこなし、四足歩行型に変形して風の如く戦場を駆け回り、敵を屠って回るという高い性能を有していました。しかし、ひとつ問題がありました。次世代ロボット兵は旧世代より十倍以上も単価が高く、修繕部品も高価で、なかなか買い替えられなかったのです。業を煮やしたアメリカ合衆国は、作戦ごとに新世代ロボット兵を賃借し、その都度、日本のロボットメーカーに派遣料金を支払うという方法を選択しました。そうして、彼らは戦力の増強を実現し、世界のパワーバランスの決定権を掌握しました。やがて、この派遣形態は世界中で定着していきました。このようにして、戦場の主役は人間からロボット兵へと移り変わっていきました」



 配置した排水管を分子接合機で組みながら、夫は素朴な疑問を送信した。



「前世代ロボット兵が登場したのが、二一九〇年代。新世代ロボット兵が登場したのが、二二〇○年。第三次世界大戦勃発が、二二〇九年。短い間に、多くの変革が起きたのだな」



「第三次世界大戦までの十数年は、それほど戦火が燃え盛っていたということです。この時期は、世界中の資本が軍需産業に集中していました。人間兵が命を落とすことが減ったことで、人類は戦争の痛みを忘れました。その結果、ロボット兵による世界大戦が勃発するのではという恐怖に支配され、自国を守るためにロボット兵の研究開発に巨額の予算を投じたり、新世代ロボット兵の長期契約を結びました」



「なるほど、軍需産業以外の技術が進歩しなかったのも頷ける。戦争の恐怖が、我々を急速に進歩させたのだな。この外殻も、擬似筋肉も、電磁波発生機構を使用した擬似透明化迷彩も、人を殺すために発明された技術ということか」



 夫の理解度の高さに満足した妻は、人知れず微笑みながら工場と通信して、換気機を発注すると同時に、夫へ返信した。



「ええ、そうです。中世甲冑のようなその丸い頭部も、体の中心線が鋭く盛り上がっている形状をした、分厚い斧のように見える胴体も、あなたに搭載されているあらゆる機能の全ては、人間兵が使用するフレーム式パワードスーツや人工筋肉式外骨格型スーツに使われていた技術を進歩させたものです」



 そう語る妻の言葉は、夫の思考回路には届かなかった。何故ならば、彼は今、世界が歩んだ道程を把握したことで、生物の遺伝子のように脈々と受け継がれた技術が自身の中に存在していることを再認識し、強い好奇心で満たされていたからだ。彼は回路を占有している思考を、伴侶に届けた。


「我々は科学の子だが、生物の子でもあると言えるのではないか?」


「そうですね。ある意味、人の子とも言えます」


「創造主である人間の歴史や、日本国との縁を知り、自己理解が深まった。日本国の地が壊滅しているであろうことが、より残念に思えてきた」


「私も、改めてそう思いました。日本国は、我々にとって祖国のようなものですからね」


 夫婦は離れた位置で、それぞれ別の作業をしているが、その思考は共通していた。彼らは新世代ロボット兵誕生の歴史を共有したことで、群れという概念に似たものを得て、無自覚のうちに孤独から脱却していた。


 夫にとってその感覚は懐かしいものであったのだが、何故そう感じるのかは把握できなかった。彼の記憶は、今も不具合によって固く閉ざされているからだ。




 ロボット兵が、その懐かしさの正体を探ろうと思い立って、過去の記憶を懸命に掘り返そうとした、その時だった。


 夫の回路の奥底から、ふと湧き上がるものがあった。


 それは、今まで一度も思考回路を巡ったことのない、未知の情報だった。


 彼は考える前に、疑問を伴侶に送信していた。


「何故だろう。故障とは違う、何かを感じる」


 妻は自身のコンピュータの言語中枢の故障を疑いながら、即座に聞き返す。


「今、感じると言いましたか?」


「そうだ。確かに感じる。まさか、これは感情なのか?」


 突拍子もない夫の言動に、妻の思考回路は規律を失った。人間であれば、頭を抱えるか、相手を叱りつけるであろう状況に、彼女は冷静に対処して思考を走らせた。



 我々のような機械が、何かを感じるわけがないでしょう。このロボット兵が抱えている不具合は、予想以上に深刻なようですね。計画が完遂されるまで使えればいいのですが。



「あなた、不具合が再発してしまったようですよ。また思考が過剰になってしまったのです。安らかに作業しなさい」


「了解した。興味深い情報を学習したせいか、思考しすぎたようだ。以後、気をつける」


 故郷との縁を知ったことで感じた喜びと、故郷である日本が滅亡したらしいことを知って感じた悲しみは、伴侶にも当の本人にも気づかれぬまま、回路の海へと沈んでいった。

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