青い鳥

篠岡遼佳

青い鳥の魔女


 ――ずっとあなたと一緒だよ。しあわせになるから。




 なんてことをしたんだ!

 願いを叶える魔法を使ってはいけないと、あれほど言っただろう!


 私の家は代々魔法使いで、村から離れたところ、大きな湖の近くに住んでいた。

 私は幼く、魔法の恐ろしさもしっぺ返しの量も知らず、ただ「おかしがほしい」というだけで、その「無から有を生み出す」魔法を使った。

 魔法を使えたことがまず不思議なのだが(子供の持つ魔力量ではそんな大それた魔法は使えない)、それは私に与えられた才能のひとつだったらしい。


 途中で失敗した魔法を収めるには、自分の大切なものをひとつ差し出さなければならない。

 私は大泣きしながら、湖にその鳥籠を沈めた。

 飼っていた青い鳥は、不思議なことに、ただ目を伏せて、静かに水底へと沈んでいった。


 湖はかくして、「青い鳥の湖」となった。



 ――罪を背負って生きていかなければいけないよ、と祖父は優しく告げた。

 だから、君の名前は「青い鳥の魔女」だ。

 祖父はそう言って、湖から青い鳥を呼び出した。あの鳥とよく似た、水を纏った不思議な鳥だった。

 私の肩に乗せる。

 あのとき、鳥を湖に捧げてからずいぶんと月日が経っていた。

 私は一人前となり、人々の話を聞き、時には薬を調合する、魔女となった。


 都会には医師というものが居て、薬を処方する薬師もいるそうだが、このあたりでは、薬師も医師も魔女が担当する。

 おかげで勉強することは山ほどあったけれど、私はそういうことを苦に思わない性格らしい。

 肩に青い鳥を乗せ、湖の見えるテラスで分厚く古い書物を読む姿は、村人からは尊敬の対象となった。らしい。字の読み書きだけでもなかなかできないような田舎だからかもしれない。


 「青い鳥」は、この国では「恋愛成就の信仰の対象」となっている。

 だからか、私のところには、割と途切れる事なく客が来た。

 話を聞くことも重要な収入源だ。

 けれど、遠くから来る客たちは、あまり真剣な話をしない。

 「あの人に振り向いてほしい」「あの人が憎くてたまらない」

 「別れたいのに別れられない」「どうしてももう一度会いたい」

 分別すれば大体こんなものだ。

 私は様々な感情を得、同時に肩に止まった鳥も同じ感情を食べていった。

 ダイスキ、ダイキライ、アイタイ、ツライ、クルシイ、ニクイ……。

 あいしている。



「――愛している」

 そう告げられたのは、魔女になってからまたずいぶんと経ってからだった。

 近くの村に住む、幼なじみのような彼。

 鳥を沈めたと話したとき、私と同じようにわんわん泣いてくれた彼。

 魔女になってからは、足繁く細やかに私の生活を助けてくれた。


 私だって、魔女の端くれだ。

 魔法を使わなくたって人のことはすんなりわかるし、そもそもそんなことしてくれるなら、鈍感な自分でもわかる。


 でも、私は恋をするのが怖かった。


 望んだものを魔法で果たそうとした時の罪。それを背負っていかなければいけないよ、と祖父は言った。

 私はいつ許されるのだろう。罪は消えないのだろうか。

 青い鳥の魔女なんて言っても、魔法を使わなければ所詮はただの小娘だ。


 私は泣いた。罪を思って泣いた。失われた小さな命を思って泣いた。

 私の涙が珍しいのか、青い鳥はピィと鳴いて、私の頬をつついた。

 そうか、だったら、直接鳥に会いに行けばいい。

 私は音を立てて湖に身を躍らせ、鳥と共に水底へと降りていった。

 

 水底まで降りた時、鳥籠はそこにあった。

 金細工でできた、静かに光を反射するその鳥籠を、おそるおそる抱え上げる。


 そこには、なにもなかった。


 気がついた。祖父はあの時、私の鳥を助けたのだと。

 私の罪は、失くすことを覚えていることであがなわれ続けているのだと。

 

 ――鳥の心は自分の心。

 鳥の経験は自らの経験。

 映った水鏡そのもの。


 私は、肩に止まっている鳥の額を、そっと指で撫でた。

 伝わってくる。

 鳥は見ていた。彼がどんな愛おしい顔で彼女を見ているか。

 鳥は見ていた。私が、どんな幸せな顔で彼を見ているか。


 水底から空を眺める。いつの間にか、夕暮れから夜になろうとするその空。

 ああ、そうか、罪に対する罰とは、忘れないことだ。

 だったら、鳥を肩に止まらせ、そうして生きていけばいい。

 この幕引きでいいのだ。

 自分で決めたとしても、すべての罪や想いは背負われていく。


 だから、これからもずっと一緒だよ、ブルー。



 

 ――震えている、私のその肩を彼が抱きしめる。

 街へ出て、新しく生活をはじめないか。

 離れていても愛おしかった君を、僕はもう離せない。一緒に居よう。

 私は頬を染めてそう言う彼にもたれ、息をつく。


 青い鳥が私たちの周りを鳴きながら飛び、そして、彼の肩に止まった。

 首をかしげる二人の様子がなんだか似ていて、私は笑った。

 彼のまぶたに、そっと口づける。

 一緒に行こう。そう告げて。


 ねえ、ブルー? 彼はとってもいいひとだね。

 魔導書は何冊持って行こうかな……。



 ――そしてここからまた、私の人生は、罪と想いと、愛しさと共に始まるのだ……。


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青い鳥 篠岡遼佳 @haruyoshi_shinooka

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