第16話 そして、すべてが動き出す。 ②
そして、放課後になった今も、昌は授業が終わった瞬間に教室を飛び出して行って居ない。
昌がいない以外はいつもと変わらない放課後の光景かと思いきや、珍しいことに徳井を取り囲む輪が出来ていない。
徳井の奴、今日は早く帰ったのか。女の子たちさぞかしがっかりしただろうなあ。
さらに見渡すと、もう一ついつもと違う光景があった。
「あれ? 真美ちゃん、ひとりなの? 今日子は?」
俺は、ひとりで帰りじたくをしている真美ちゃんに声をかけた。
「そうなんです。今日子ちゃんは用事があるみたいなので今日はひとりで下校です。ぐすん」
焼きたてのプチクッキーの様なほんわかした顔に、口に入れると一瞬で溶けてしまうチョコの様な甘い声の話し方は、非常にマッチしてかわいいんだけど、ぐすんは要らないよね、真美ちゃん。
「あはは……そうなんだ。俺も昌がちょっと用事でいないんでひとりなんだ。いっしょだね」
その言葉を聞いた真美ちゃんは、寂しそうにうつむき加減にしていた顔を上げて、少し頬を赤らめながら俺に近づいてきた。
「え~っと、あの~、あの~……」
「はい?」
真美ちゃんはいったん目をぎゅっとつむり、意を決した様に大きく見開いた。
「わ、わ、わたしといっしょに……帰ってくれまへっ…………」
えっ? 真美ちゃん、今、噛んだの?
真美ちゃんは赤らめていた顔を、ゆで上がったタコの様に真っ赤にして慌てて言い直す。
「いっしょに帰ってくれませんか!」
「うん。いいよ。俺も真美ちゃんに話しがあったんだ」
「本当ですか? じゃあ急いで用意します」
そう言って、鞄の中に教科書や筆記用具を入れていく。真美ちゃんは慌てていたせいか、鞄に入れようと手にした物を落とし、拾い上げて鞄に入れる、ということが何度かあって、俺たちが学校を出たのは授業が終わって三十分以上たってからだった。
「すみません。わたしがトロいせいで遅くなっちゃいました」
俺の横で鞄を両手で抱えながら歩いている真美ちゃんは、申し訳なさそうにぺこりと頭を下げた。
「気にしないで、急いでいる訳じゃないし、俺もどちらかって言ったらのんびりしているタイプだから」
微笑みながら言った言葉に、真美ちゃんは少し恥じらった表情で答えた。
「羽多野くんはいつも優しいですね」
「そう?」
「そうですよ。中学二年生の夏休みの事、憶えてます?」
えーっと、中二の夏休みって言ったら……。
あぁ、あの時の事か。
夏休みのとある日。
その日は朝からうだるような暑さで、俺の体力と気力をごっそりそぎ落としていた。
「ったく、クソ親父! だからあれ程エアコンを見てもらえって言ってたのに!」
数日前から異音を発していたエアコンがついに壊れたらしく、スイッチを入れると猛烈な熱風が吹き出す始末である。
「しょうがないな……ゲーセンでも行って涼んでくるか」
家から自転車で十分くらいの所にあるゲームセンターは、週に一度ぐらい行っている。景品、メダル、カード、ビデオゲームなどがあるのだが、中でも一番俺が得意としているのが対戦格闘ゲームだ。
当然、腕に自信があるので対戦しても負けない。つまり、百円で結構な時間遊べることになるから、今の俺の涼みたい欲求を満たすにはぴったりのゲームである。
「よし! やるか!」
お目当ての対戦格闘ゲームに百円を入れてゲームを始めると、次々と対戦相手が現れる。その対戦相手をいとも簡単に、倒して店内のエアコンの涼しさを満喫していた俺に衝撃が走った。
KO!
「えっ?」
ゲーム画面の俺のキャラが、相手の技で飛ばされてHP0になり倒れていた。
「あははは……ちょっと余裕こき過ぎたかな……」
それからが酷かった。千円使って全敗。このゲームは先に3勝した方が勝ちになるシステムで、全てがストレート負けだったので30回戦って全敗って事になる。
俺はこれほど完膚無きまで敗北させられた相手がどんな奴なのか気になり、対戦台の向こう側を覗くと、そこには幼い顔をして目がクリッと大きいかわいい女の子が座っていた。
えっ! 俺、あの子にボコボコに負けたの!?
その女の子は覗きこんでいる俺に気づき、にっこり微笑んでぺこりと頭を下げた。
俺もおじぎを返して、飲み物の自動販売機がある所に移動した。
「涼みに来たのに、逆に熱くなってどうすんだよ、俺」
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