第8話 事件は降りかかってくるもの ①

 翌日

 いつもの様に授業が終わり、帰り支度をする者、部活に行く者、友達と話をする者、クラスのみんなが思い思いに放課後の時間を使っている時に、その声がクラスに響き渡った。


「羽多野徹くんはどこにいますか?」


 この声は…………

 俺は昨日感じたイヤな予感を思い出しつつ、声のした教室の入り口の方に目をやると、やっぱりそこにはにこやかな笑顔をした凛先輩の姿があった。

 同じように、凛先輩の姿を確認したクラスのみんなが徐々にどよめき始めた。


「白石先輩じゃないか」

「相変わらず綺麗だよなぁ」

「今、羽多野徹くんって言ったわよね」

「羽多野くんに何かようかな?」

「羽多野の奴何やらかしたんだ?」


 クラスのみんなのひそひそ声が聞こえてくる。そして、みんなの視線が徐々に俺のところに集まってくる。

 そんな中、俺を見つけた凛先輩は俺のところに来て腕を取り「いっしょに来てちょうだい」と言って俺を引きずるように、教室の外に連れ出した。


「ちょ、ちょっと待って! 何なんだよ! いったい?」


 俺の言葉を気にもせずに、凛先輩は俺の手を取ったまま、目的地であろう場所に向かって廊下をどんどん進んでいく。


「徹くん、昨日、放課後は暇だって言っていたわよね」

「言ったは言ったけど、放課後に俺のクラスに来るなんて聞いて無いぞ!」


 廊下を凛先輩に手を引かれながら歩く俺の姿に、回りの生徒から好奇な目が注がれる。


「ちょっと手伝ってもらいたい事があったのと、徹くんのクラスがどんな感じなのか興味もあったしね」

「興味って……凛先輩のクラスと変わらないよ!」

「いえ、違うわよ。各クラス別の生徒が居るのだから各クラスの雰囲気とか特色がね。で、姉としてはその中で徹くんがどういうふうに生活しているか見たかったのよ」

「そんなの見てどうするんだよ! って言うか本当に普通だから、出来れば何事も起こらずに平穏な日常を過ごしたいと思っているのに……みんなの注目の的になったじゃないか! こうして歩いてる今もみんなの視線が痛いし!!」

「あら、私は気にならないわよ」

「俺が気にするんだよ!」


 のん気な凛先輩の受け答えにかりかりしながら俺が言い返したところで、凛先輩が立ち止まった。


「ここよ」

「ここって…………」


 目の前の扉のプレートに生徒会室と書いてある。


「生徒会室?」

「そうよ。さあ入って」


 凛先輩は扉を開けて、俺の背中に両手を当てて生徒会室の中に押し入れた。

 生徒会室の中は正面に机があってその後ろに大型のプロジェクター、正面を囲むようにして机がUの字に並べてあり、数台のノートパソコンと膨大な量のファイルが山積みになっている。その中で数人の生徒会役員が休む間もなく働いている。

 その正面の机にいた人物が、俺の方に歩み寄ってきて声をかけてきた。

 生徒会長の岡田先輩である。


「ようこそ、羽多野君だったかな、我が生徒会室へ! 君が自ら進んで生徒会の雑務をしてくれようだなんて心から歓迎するよ」


 ライトブラウンの程よくウェーブした髪が両眼を薄っすら隠し、色白の顔には満面の笑みが張り付いているのだが、話す声は抑揚の無い心身が冷え込みそうなくらいに冷たい声だ。

 あれ? 岡田生徒会長ってこんな感じの人だったけ? 

 いつもみんなの前に立っている岡田生徒会長って柔和で温かみがあって、それでいて冷静かつ大胆なイメージしか無いんだけどなあ。


「生徒会長、彼に手伝ってもらってよろしいでしょうか?」

「白石くんが選んできたんだ。なんの問題があるでしょう?  僕は君の能力を高く評価しているのですよ」


 生徒会長は凛先輩の肩に手を置き、耳元に顔を近づけ小声で続けた。


「ただし、僕の笑顔が消えない範囲でお願いしますよ」


 そう言って生徒会長は正面の机に戻った。

 その姿を刺すような目で睨んでいる凛先輩に恐る恐る話しかけてみる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る